『私たちが光と想うすべて』を読む(2)——インドとインド映画をめぐる随想/拓徹
この連載の第1回では、この作品における言語の扱いについて述べた。続けて、この作品のさまざまな側面や魅力についてさらに考えてみたいのだが、ここから先へ進むためには、いくつか手順を踏む(前説明を行う)必要があるように思う。さしあたって必要なのはおそらく、作品の監督であるパーヤル・カパーリヤーという人物の背景説明である。
カパーリヤー監督(1986~)はまだ「新進」に属する映画監督であり、作品数も少ないため、その詳細な伝記的情報を記した書籍などは残念ながら(筆者の知る限り)出版されていない。それでも、カパーリヤー監督のこれまでの歩みについては、その理解のための重要な鍵がいくつか存在する。一つは監督の母である現代美術作家ナリニー・マラーニーであり、もう一つは監督の出身校FTII(Film and Television Institute of India、「インド映画・テレビ研究所/機関」、インドを代表する国立映画学校、在プネー)である。いずれもインドの映画/視覚芸術にとって大きな存在であり、カパーリヤー監督の映画作家としての形成に大きな影響を与えたと考えられる。
ひとまず前者、すなわち監督の母マラーニーについての検討から始めたいのだが、その前置きとして、今回は「私たちが光と想うすべて」という作品タイトルについて考えてみたい。この詩的な作品タイトルは、それ自体が複数の意味を付与されているが、加えて後述のように、母マラーニーの美術作品のタイトルとも関わりを持っている。
「私たちが光と想うすべて」という作品タイトルに込められた意味
この作品のタイトル=「私たちが光と想うすべて」(All We Imagine as Light)は、作品自体の内容に呼応するかのように、多くの意図や意味を含み、包み込むフレーズとして考案されている。
よく言及されるのが、この作品の主人公とも言うべき登場人物の名前「プラバー」が、じつは「光」を意味する語だという点である。本稿ではカタカナ表記を主にヒンディー語読みで記しているが、「プラバー」はヒンディー語でもマラーティー語でも、そしてマラヤーラム語でも「光」を意味する語である[1]。つまりこのタイトルは、「私たちがプラバーについて想像することのすべて」という意味を併せ持っていることになる。
とはいえ、カパーリヤー監督はこの作品における「光」を、プラバーという一人の登場人物に限定して考えているわけではない。インタビューにおける監督の発言に、次のようなものがある。
私はこの都市〔ムンバイー〕を、異なる人物たちの視点を通じて捉えたかったのです。二人の人物がそれぞれ異なる感覚を持つがゆえに、いかに同じ「光」が、主観的に異なったものとして感じられ得るのかということを。[2]
そしてカパーリヤー監督自身は、作品タイトルについて次のように説明している。
この映画のタイトルもまた希望をめぐるものです。物事がうまくいかないように見えるとき、時に人は解決など存在しないと考えます。解決を想像することができないのです。私は、希望と光は互換的に使えると思いました。このタイトルは、登場人物の一人が暗闇の部屋に長いこと閉じこもり、光を想像することができないため、台詞として登場します。一度もそれを経験していないと、人はそれを見ることができない。このことは、可能性の観念と結び付いています。[3]
すなわち、この作品タイトルにおける「光」とは、主人公プラバーの光であり、眺める人ごとに異なって見えるムンバイーの街の光であり、希望や可能性の喩えでもある。語と意味が軽妙に乱反射するかのような、作品の内容にふさわしいタイトルであると言えよう。
作品タイトルの由来となった母の作品
この絶妙の作品タイトルは、じつはカパーリヤー監督の母である現代美術作家ナリニー・マラーニー(Nalini Malani、1946~)の作品名を、母の許可を得たうえで、そのまま転用したものである。その限りで、この作品タイトルには、娘から母へのオマージュの意味合いが込められている。
ただし、カパーリヤー監督は母の作品名がいたく気に入ってこれを拝借しただけであり、母の当該作品の内容がこの映画に影響を与えたわけではない。この点については監督自身が、絵の具体的な内実ではなく「絵のタイトル」が自分の想像力をかきたて、印象に残ったのだと明言している[4]。
とはいえ、マラーニーの当該作品(2016~17年制作)は、娘のカパーリヤー監督にも受け継がれているところの、この現代美術作家の性格や感覚が端的に示された作品である。カパーリヤー監督自身と映画の話からはやや逸脱することになるが、この母娘の作品の内的連関を考えるために、ここではマラーニーの当該作品についても見ておきたい。マラーニーのこの作品は、何の因果かカシミール紛争にちなんでいるため、元々カシミール紛争の研究者である筆者にとっては比較的解説しやすいという事情もある。
ナリニー・マラーニー版「私たちが光と想うすべて」は、6点の大型両面トンド(円型絵画)(2016年制作)と11点の大型両面パネル絵画(2017年制作)で構成された連作である[5]。その制作の動機となったのは、2016年夏のカシミールにおける民衆蜂起とこれへの弾圧だった。このとき、カシミールの多くの若者たちが「光」を失ったがゆえに、この作品が生まれたのである。
2016年の7月初め、当時フェイスブックを通じてカシミール社会の寵児となっていた21歳のゲリラ・リーダーがインド当局によって殺害され、これを機に非武装のカシミール市民による抗議デモが巻き起こった[6]。2008年、2010年のカシミールにおける同様の抗議デモにインド治安部隊が発砲し、多数の死者を出したことが国際的な批判を浴びたため、2016年のインド治安部隊は抗議デモに対して「ペレット銃」(本来動物駆除などに使う散弾銃)の使用を試みた。散弾で軽傷を与えることによって、デモ参加者を殺さずに追い散らそうという意図だった。この作戦は、治安部隊の兵士たちが指示通りデモ隊の足元に向けて散弾を発砲すれば、想定通りの結果をもたらすはずだった。が、若者たちの投石に遭って激昂した兵士たちは、デモ隊の頭部めがけて散弾を発砲し続けた。結果的に、デモに参加した若者の多くが片目、もしくは両目を失明する事態となった。この年の夏の終わりに、筆者はカシミールの首都スリーナガルの中心的な病院(SMHS)を訪れる機会があったが、病院のベッドは眼に包帯を巻いた若者たちで埋め尽くされていた。そのあまりの残酷さのため、「ペレット被害」はインドのメディアでも大きく採り上げられ、この年のカシミールにおける抑圧の象徴となった。
「私たちが光と想うすべて」(All We Imagine as Light)——ナリニー・マラーニーの絵画作品のこのタイトルは、光を永遠に失ったカシミールの若者たちについて、反語的に語ったものだったのである。そしてこの作品の画面には、カシミール出身の国際的に著名な英語詩人アーガー・シャーヒド・アリー(Agha Shahid Ali、1949~2001)が紛争下の故郷カシミールについて綴った詩句の文字が随所に挿入されている。(下図は、2017年に制作されたパネル作品の一部。)
![ナリニー・マラーニー作「私たちが光と想うすべて」(2017)の一部 画像出典:Wikimedia Commons URL:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Nalini_Malani,_The_Rebellion_of_the_Dead,_2017.jpg [7]](https://d2fuek8fvjoyvv.cloudfront.net/indian-movie.theletter.jp/uploadfile/374a77e5-48ae-46f6-9eb1-72b4e14a1caa-1788957967.jpg)
ナリニー・マラーニー作「私たちが光と想うすべて」(2017)の一部 画像出典:Wikimedia Commons URL:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Nalini_Malani,_The_Rebellion_of_the_Dead,_2017.jpg [7]
マラーニーの絵画作品は、複数の読み方が可能な、ゆるやかな物語性を持っているのが常であり、この作品もそうした性格を持っている。上図のパネル作品も、とくに始まりや終わりは設定されておらず、どこから読み始めても(見始めても)良い仕組みになっている。視る者に解釈の自由を許すマラーニー作品のこうした性格は、娘の映画作品にも受け継がれていると言って良いだろう。(あえて言えば、マラーニー版「私たちが光と想うすべて」では、トンド作品とパネル作品に共通するモチーフとして、窓から外を覗く少女が描かれている。これは2016年カシミールのペレット被害の象徴として広く報道された一つの事例を表していると思われる。当時、外が騒がしいので自宅の窓から外を覗いただけのインシャー・マリクという女子中学生の顔面に治安部隊が散弾を発砲し、彼女は両眼を失明した。あまりに痛ましい事例であり、インドのTVニュース番組は連日、救急治療室に横たわるこの少女の写真を掲げてカシミールの状況を報道した。)
パネル作品全11点のうち、他のパネルでは傷付いた人物、それを抱擁する人物などが描かれ、統計の数値と思われる数字の羅列や機械の図像がその周囲を囲むように点在する。上図でもその延長として、左側パネルの大人のような顔をした子供が持つ風船が、なにやら複雑な機械のような様相を呈している。真ん中のパネルには雌のハイエナが描かれ(ハイエナの雌は、雄より大きく強い身体を有し、その性器は男性器と見分けがつかない形態を持ち、社会行動においても雌がリーダーシップを発揮することで知られる)[8]、右側パネルでは、雌ハイエナの赤ちゃんを膝に抱く少女の下で、3人の人物が円型の「空白」をめぐって何らかの行動を取っている。そして、ハイエナの赤ちゃんと3人の人物に被さるかたちで、アーガー・シャーヒド・アリーの次の詩句が記されている。
I am everything you lost. / My memory keeps getting in the way of your history.
(わたしは、あなたが失った全てのものだ/わたしの記憶は、あなたの歴史の道すじに繰り返し立ち現れる)[9]

(上図右側パネルの拡大図)
関連するアーガー・シャーヒド・アリーの詩について
この2行、および上図パネルの最上部に記された詩句は、アーガー・シャーヒド・アリーの有名な詩集『郵便局不在の国』(The Country Without a Post Office)(1997年出版)に収録された詩「別れ」(Farewell)から採られている。この詩は、散文的な「プロローグ」に続く詩集本篇の冒頭に掲げられており、アリーが初めてカシミールの紛争状況をテーマとしたこの詩集の中でも重要な位置を占める。この詩人の紛争に対するスタンス、ひいてはこれを引用したマラーニーのスタンスが明確に示された詩であると言える。
この詩では、基本的に「あなた」と「わたし」の関係が描かれる。この両者が「インド」と「カシミール」に重ね合わされているのは間違いないが、必ずしもそれに限定されることなく、自己と他者の「関係性」をめぐってこの詩は展開する。その冒頭は、印象的な次の詩句で始まる。
At a certain point I lost track of you. / They make a desolation and call it peace. / When you left even the stones were buried: / The defenceless would have no weapons.
(ある時点でわたしはあなたを見失った/「彼らは破滅をもたらし、それを平和と呼ぶ」/あなたが去ったとき、石たちでさえ埋葬された/無防備なものどもは武器など持たない)
そして、マラーニーが「私たちが光と想うすべて」の画面に頻繁に書き込んだ詩句は、主に次の節に含まれている。
At a certain point I lost track of you. / You needed me. You needed to perfect me: / In your absence you polished me into the Enemy. / Your history gets in the way of my memory. / I am everything you lost. You can’t forgive me. / I am everything you lost. Your perfect enemy. / Your memory gets in the way of my memory.
(ある時点でわたしはあなたを見失った/あなたはわたしを必要とした。あなたはわたしを完璧にする必要があった。つまり/あなたの不在において、あなたはわたしを「敵」に仕立て上げた/あなたの歴史がわたしの記憶の道すじに入り込む/わたしは、あなたが失った全てのもの。あなたは私を許せない/わたしは、あなたが失った全てのもの。あなたの完璧な敵/あなたの記憶がわたしの記憶の道すじに入り込む)
アーガー・シャーヒド・アリーの詩は、根本的にエレジー、哀歌である。この特徴は、彼の文化的ルーツの一つである南アジア・ムスリムの、現在の凋落を嘆き、過去の栄華を偲ぶ傾向に掉さすものと思われるが、より直接的には、彼自身のものの捉え方に由来する。アリーという詩人は、カシミールではカシミールを代表する英語詩人として愛され、インドでは現代インドを代表する英語詩人の一人として愛され、アメリカでは現代アメリカを代表する詩人の一人として愛されてきた。その透明感のある、ノスタルジアに満ちた詩句は、誰をも攻撃することなく、複雑な現実を複雑なままに美しく包み、もたらされた傷と惨禍については、静かにこれを悼みつづける。上に訳出した一節では、コミュニティ間の不和のメカニズムが的確に描写されているが、敵意を煽ったり、攻撃的になったりする要素は持たない。ただ、不和の哀しみが、忘れがたい詩句のリズムに乗って読者の記憶にエコーし、刻み込まれる。

「別れ」は、次の詩句で幕を閉じる。
There is everything to forgive. You can’t forgive me. / If only somehow you could have been mine, / what would not have been possible in the world?
(許すべき全てのものがある。あなたはわたしを許せない/もし、偶然にもただ、あなたがわたしのものであり得たなら/世界の何が可能でなかったろう?)
この最後の詩句は、不和の存在と同程度に、不和の不在もまた一つの可能性として世界に厳然と存在することを示している。この「可能性の存在」は、マラーニーがその作品を通じて常に提示し続けている要素である。そして、映画『私たちが光と想うすべて』の終盤、ヒンドゥー/ムスリムの軋轢を越えて、あるいは自己と他者の断絶を越えて、シアーズがアヌに「でも(君と)一緒にいると/どうしてだろう/何も怖くなくなる」と告げるとき、それはたしかに同じ「可能性の存在」を示している。
アーガー・シャーヒド・アリー、ナリニー・マラーニー、パーヤル・カパーリヤー。時代と立場を異にこそすれ、彼女たちと彼は作品を通じて結ばれ、同じ精神を共有しているように筆者には思える。
「私たちが光と想うすべて」というフレーズのルーツ
「私たちが光と想うすべて」(All We Imagine as Light)という「彼女たち」の詩的な作品タイトルも、元を辿れば、じつはアーガー・シャーヒド・アリーの詩から採られたものである。ただしこのフレーズは、アリーがカシミールの紛争状況について書いた代表的な詩集『郵便局不在の国』ではなく、アリーの没後にその親族によって編集・出版されたガザル形式の英語詩集『今宵は私をイシュマエルと呼んで』(Call Me Ishmael Tonight、2003)に収録された詩「光について」(Of Light)から採られている。
この詩集に収録された詩は、西アジア~南アジアに広くみられる「ガザル」の形式を踏襲し、2行で1組の2行詩を連ねる(各2行詩の2行目末尾に必ずその詩のテーマとなる語もしくは句を置く。ただし冒頭の2行詩のみ、2行とも末尾にその語/句を置く)形式で書かれている。それぞれの2行詩は互いに必ずしも連関しないが、テーマとなる語/句によってゆるやかに結ばれているとも言える。「光について」(Of Light)の場合、「光」(light)の語をテーマとし、2行目末尾に「光」の語を持つ2行詩が計15組集められ、全体で1篇の詩という体裁を取っている。問題のフレーズは、最後から2番目の次の2行詩において現れる。
One day the streets all over the world will be empty; / from every tomb I’ll learn all we imagine of light.
(いつの日か、世界中の街路はもぬけの殻になるだろう/一つひとつの墓廟からわたしは、わたしたちが光について想うすべてのことを知る)
ナリニー・マラーニーは、この2行詩の最初の1行「いつの日か、世界中の街路はもぬけの殻になるだろう」を、「私たちが光と想うすべて」連作中の、6つの大型トンド(円型絵画)のうちの一点のタイトルとして採用している[10]。この事実からも、マラーニーが「私たちが光と想うすべて」というフレーズを、アーガー・シャーヒド・アリーのこの2行詩から採ったことは明白である。
なお、上でお分かりのように、アリーの詩におけるフレーズは「私たちが光について想うすべて」(all we imagine of light)となっている。「光について」(of light)を「光と(して)」(as light)に変更したのはマラーニーである。意図的に変えたのか、彼女の記憶の中でたまたま変換された語句をそのまま使ったのか、については分からない。フレーズが微妙に変更されているため、「私たちが光と想うすべて」というフレーズの原作者はマラーニーである、と言うことも可能だろう。
「光について」の中で、上の2行詩は最後から2番目に置かれている。一番最後に置かれた2行詩は次のものである。
Galway, somehow with you in Freedom, New Hampshire, / Shahid won’t let Death make of Love a ruin of light.
(ゴールウェイ、ニューハンプシャー州の「フリーダム」に、どういうわけか君と共にいる/シャーヒドは、死が愛を光の廃墟としてしまうのを許さない)
アーガー・シャーヒド・アリーはカシミール大学(学士)、デリー大学(修士)を卒業後、1976年にアメリカに移住してペンシルヴァニア州立大学で学び(博士)、最後はマサチューセッツ大学で教鞭を執っていた。そして同地で、脳腫瘍のため2001年12月に52歳で他界した。この詩はおそらく自らの病気のことを知った後で書かれたものである。この詩はアメリカの詩人ゴールウェイ・キネル(Galway Kinnell、1927~2014)に捧げられており、上記2行詩冒頭の「ゴールウェイ」は彼を指している。
この最後の2行詩から遡って考えると、「光について想うすべて」の2行詩も、自らの死を目前にして書かれたものだったことが分かる。今ここにある愛は、廃墟とはならない。人(もしくは自分)が不在の世界で、人が生きた痕跡としての墓廟から、人は光について想像できるすべてのことを知る。それは高い普遍性を持つ、アリーの絶唱だったに違いない。
ガザルの伝統では、過去に他者が作ったフレーズがつねに呼び起こされ、新たな世代の新たな詩人の詩の中で、再び生命を吹き込まれる。詩人アリーの言葉は、ナリニー・マラーニーの絵画作品、そしてパーヤル・カパーリヤーの映画作品の中で、新たな生命を吹き込まれ、生き続けていると言えるだろう。(終)
[1] マラヤーラム語の意味については、『インド映画タイムズ』の安宅直子さんからご教示いただいた。記して感謝申し上げます。なお作品中、マラヤーラム語で発音される際は概して、この名前は「プラバ」と最後を短く切るかたちで発音されている。
[2] Virat Nehru, “Quiet Reclamations: Payal Kapadia on Malleable Cities, Friendship and the Boy Next Door in Contemporary Indian Cinema”, The Curb, January 27, 2025. URL: https://www.thecurb.com.au/all-we-imagine-as-light-interview-payal-kapadia/
[3] Niharika Lal, “The title of All We Imagine As Light is also about hope: Payal Kapadia at Cannes”, Times of India, May 27, 2024. URL: https://timesofindia.indiatimes.com/entertainment/hindi/bollywood/news/the-title-of-all-we-imagine-as-light-is-also-about-hope-payal-kapadia-at-cannes/articleshow/110465206.cms
[4] Isaac Feldberg, “Love Is Political: Payal Kapadia on “All We Imagine as Light””, RogerEbert.com, November 20, 2024. URL: https://www.rogerebert.com/interviews/love-is-political-payal-kapadia-on-all-we-imagine-as-light
[5] 2016年制作の大型トンド6点は、これを所蔵するアラリオ・ギャラリーHPの次のページで閲覧できる。URL:https://www.arariogallery.com/artists/54-nalini-malani/ 2017年制作の大型絵画11点も、所蔵元バーガー・コレクションHPの次のページで閲覧可能。URL:https://www.burgercollection.org/artists/253-nalini-malani/works/152-nalini-malani-all-we-imagine-as-light-2017/
[6] この事件の詳細については拓徹「危機に瀕するカシミール」、メールマガジン『オルタ』155号(2016年11月) URL:https://www.alter-magazine.jp/index.php?%E5%8D%B1%E6%A9%9F%E3%81%AB%E7%80%95%E3%81%99%E3%82%8B%E3%82%AB%E3%82%B7%E3%83%9F%E3%83%BC%E3%83%ABを参照。
[7] ウィキメディア・コモンズの当該画像ページでは、作品名が誤記されている。マラーニー版「私たちが光と想うすべて」の詳細については、2017~18年にポンピドゥーセンター(パリ)で開催されたナリニー・マラーニー回顧展の次の図録を参照。Sophie Duplaix (curator), Nalini Malani: Retrospective 1969-2018. Berlin: Hatje Cantz, 2017.
[8] 描かれた大きなハイエナが雌であることは、回顧展図録(注7参照)136ページの作品解説で言及されている。この図録がアーティスト本人(マラーニー)との密接な連携のもと制作されていることから、アーティスト自身が意図的にこのハイエナを雌として描き、図録でもそのように解説していると見做して差し支えないと思われる。
[9] 以下、アリーの詩の日本語訳は筆者(拓)による。参照したのはAgha Shahid Ali, The Country Without a Post Office: Poems 1991-1995. New Delhi: Ravi Dayal, 2000(この詩集は1997年にアメリカで出版されたが、筆者が参照したのはこのインド版)およびAgha Shahid Ali, Call Me Ishmael Tonight: A Book of Ghazals. New York: W.W. Norton & Company, 2003(日本のアマゾンが印刷したペーパーバック版)。Agha Shahid Ali, The Veiled Suite: The Collected Poems. Gurugram: Penguin Random House India, 2010も適宜参照した。なお、マラーニーはアリーの詩を比較的自由に引用しており、場合によっては一部の詩句が省略されている。
[10] 正確には、回顧展図録(注7参照)によれば、マラーニーの作品タイトルはOne Day the Streets of the World Will Be Emptyとなっており、“all over the world”が“of the world”に変換されている。
著者プロフィール/拓徹(Toru Tak)
カシミール研究者。1971年生。名古屋市出身。2000~2012年インド滞在。ジャンムー大学(インド)にて2010年に博士号(社会学)取得。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科附属南アジア研究センター研究員、大阪大学大学院人文学研究科助教を経て、現在中央大学政策文化総合研究所・客員研究員。『インド人の謎』(星海社新書、2016)、「2019年のカシミール問題」(田所昌幸編『素顔の現代インド』慶応義塾大学出版会、2021)、アルンダティ・ロイ『至上の幸福をつかさどる家』解説(春秋社、2025)など。
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