神・神霊・魔物・守護霊・邪悪な魔族で大渋滞!『カーンターラ 炎の決戦』は霊的オールスターが跳梁するファンタジー・アクション(安宅直子)

本日9月18日公開のカンナダ語映画『カーンターラ 炎の決戦』に関して、南インド映画研究者の安宅直子氏の解説記事をお届けします。
インド映画タイムズ 2026.09.18
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※作品の内容に一部触れている内容となっております。予めご了承の上、ご覧ください。

©2025 Hombale Films. All rights reserved.

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『カーンターラ 炎の決戦』(原題:Kantara: A Legend – Chapter 1)は、『カーンターラ 神の降臨』(2022)の本国での圧倒的なヒットを受けて製作され、2025年に本国で公開された続編。ただし、続編とはいっても『神の降臨』の後日譚ではなく、はるかに歴史を遡り原初の森を舞台にする前日譚である。『神の降臨』が文化人類学的なベースを持ち、1990年代の時代性もリアルに描き、トゥルナード(カルナータカ州西部のアラビア海沿岸地域のうちの南部)のローカルなオーラが濃厚に漂う作品だったのに対し、本作は、原題に「Legend」という語が含まれていることからも分かるように、完全な虚構の世界を豊かな想像力で構築したファンタジー。同じ人物が監督・主演で、同じブータ・コーラ(慣習法に則り行われる神霊祭祀で、最底辺のカーストに属する踊り手が託宣において重要な役割を担う)を素材にしながら、ジャンルが全く違うという印象だ。

監督・主演のリシャブ・シェッティは、「被差別マイノリティーである部族の独自の神霊崇拝を、メインストリームのヒンドゥー教に吸収させてしまった」という前作への批判(こちらの記事を参照)を充分に認識したうえで、自説を翻すことなく「トゥルナードの部族の神霊崇拝とヒンドゥー教は、原初の時から常に不可分に絡まり合って歴史を作ってきた」という仮説を強く信じ、その上にストーリーを打ち立てているように見える。トゥルナードのフォークロア研究の専門家だったピーター・クラウスは「パーッダナ(引用者注:神霊の縁起を物語る口承の詠唱歌群で、ブータ・コーラの際に朗誦される)が描き出す、膨大かつ柔軟で、極めて一貫性に欠ける全体像に依拠すれば、どのようなことでも立証できてしまうだろう」と、トゥルナードの神的世界の多様性と可変性について述べているが、リシャブが作り上げた本作の世界についても同じことが言えるかもしれない。

以前の記事で書いたように、カンナダ語の一風変わったニューウェーブ作品だった前作『神の降臨』に対し、本作は最初から全国に流通させる汎インド映画として構想され、前作と一桁違う潤沢な資金で製作され、165分超の長尺になった。トゥルナードのフォークロアに対する知識はなく、興味すらないかもしれない観客を楽しませるための映画作りの意図は歴然としている。分かりやすく単純化した要素としては、平地の王と森の部族民、そして敵対する他部族も、同じ言語で意思の疎通が可能な設定にしたことが挙げられる。また、実際にはトゥルナードの歴史で重要な役割を果たしたジャイナ教徒の存在、その母系制社会の構造もほぼ消し去った。一方で、入れ代わり立ち代わり現れる神的な存在は、跳梁跋扈と言いたくなるほどバラエティに富んでおり、本作のリピート鑑賞を促す強力なアトラクションだ。以下にリピート鑑賞の手引きになるかもしれない、物語の舞台と神的な存在のリストをまとめてみた。

■場所と時代

場所は前作『神の降臨』で言及のあったケラーディあたりとみていいだろう。主要な舞台である沿岸部の小国バングラ(原語ではバーングラー)は架空だが、バングラが宗主国と見なすカダンバは西暦345〜540年の間実在した王朝。その首都は今日のウッタラ・カンナダ県バナヴァーシにあった。カーンターラの森はバングラから歩いて1日ほどの距離。カーンターラの森の深奥では、邪悪なカダパ族が侵入の機会を窺っている。カーンターラ族とカダパ族、2つの部族は架空の存在。本作の時代設定をカダンバ朝が存続した4世紀半ばから6世紀半ばのどこかであると断定するのはためらわれるが、リシャブ自身は複数のインタビューでカダンバ朝期と明言している。戦闘シーンで銃器の使用はなく、狩猟採集で生活するカーンターラの民はバングラに行き鉄の矢尻を初めて目にする。港に停泊している商船のアラブ商人(『神の降臨』で重要な役を担った俳優がカメオ出演している)には、ムスリムとしてのはっきりした徴は見られず、イスラーム教創始の7世紀よりも前と考えられる。一方、市場ではポルトガル商人があたりまえに歩き回っており、歴史に残るヴァスコ・ダ・ガマのカリカット到着が1498年であることを考えると混乱する。そもそも、インド西海岸と西方世界との間の香辛料貿易はケーララ地域を中心に紀元前から行われており、バングラ王家が急に香辛料貿易に貪欲になるというのも奇妙だ。また、王家の人々が持つ、森の部族民を“不可触”として強く忌避する意識は南インドでは中世以降に定着した考え方で、古代にはなかったはずだ。このように個々のモチーフはそれぞれが攪乱的で、つまり本作が架空の世界の上にもっともらしく築かれたファンタジーであることが分かる。

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▪神々と神霊たちの世界①シヴァ神、ガナ、神霊

近代以前にはインド亜大陸のほとんどを占めていた森の中でも、カーンターラの森は選ばれた特別な領域として描かれる。普段はヒマラヤのカイラーサ山に住まう最高神シヴァ神が落ち着いて瞑想ができるようにと神妃パールヴァティーが作り出した場所だからだ。「神の花園(原語では「シヴァ神の花咲く園」にあたる)」と呼ばれる由縁である。そして,本作の設定で最も大胆でユニークなのは、前作にも出てきたパンジュルリやグリガをはじめとしたトゥルナードのローカルな神霊たちすべてを「シヴァ神の眷属(ガナ)」ということにしてしまった点だ。オーソドックスなヒンドゥー教神話では、ガナとはシヴァ神の従者集団のことで、サンスクリット語の宗教文献に記載がある。多くのシヴァ寺院で本殿前に配置され守衛の役目を担う牡牛のナンディなどが代表格である。シヴァ神の長子である象頭のガネーシャ神は、「ガナたちの主(ガナ+イーシャ)」、別名ガナパティは「ガナたちの長(ガナ+パティ)」という意味。千手観音の二十八部衆(毘沙門天、迦楼羅など)もこのガナの仏教版だ。一方、トゥルナードの神霊たちは、非業の死を遂げた英雄から森の動物に至るまでさまざまな出自を持ち、トゥル語の口承歌謡により記憶されてきた。この2つの性格の異なる超自然的存在のグループを、本作は同じものとして括る。

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▪神々と神霊たちの世界②ベルメとブラフマー・ラークシャサ

主人公ベルメは、前作『神の降臨』の主人公シヴァよりも格段に常人離れした資質を持つキャラクターだ。虎が守る井戸で発見された出自、成人後の初登場シーンにおいて高いところから下りてくるという演出、頑強な身体で、美女の誘惑にも動じず、狩猟採集の森の民に栽培と交易という経済活動への道を拓いた文化英雄でもあるベルメは、屹立する神話的ヒーローとして描かれる。ベルメ(Berme、あるいはベルメルBermeru)という名はトゥル語ではヒンドゥー教のブラフマー神と同一視される神格のものだという。また、ベルメ神は豊穣を司り、王の導き手であるともいう。一方、ブラフマー・ラークシャサ(字幕では「幽鬼」)という、最後までその性格がはっきりしない存在もいる。ブラフマー・ラークシャサとは一般的には「元はバラモンだったが何らかの過ちを犯して羅刹に堕ちた者」のことである。子供のころにカーンターラでトラウマ体験をしたラージャシェーカラ王はそれを「解脱できぬ幽鬼」とする。カーンターラの森の民もやはり幽鬼を恐れ、定期的に捧げものをする。この幽鬼への恐れが、バングラとカーンターラという2つの世界の境界を隔てる障壁として機能していた。ところが、ベルメがクライマックスの戦闘の最中に突然飛ばされる森のどこかにある洞窟で、幽鬼は神の花園のシヴァリンガ(シヴァ神を象徴する円筒形の石)を守る巨体の怪物として現れ、戦いを挑む。そこで勝利したベルメがシヴァ神と一体化するのを見て、この怪物は合掌する。

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▪神々と神霊たちの世界③ウッラーヤ、マーヤカーラ、チャーヴンディ

ウッラーヤはトゥル語で「至高位の者」を表し、その名の通り最高位の神として崇められる。劇中で何度も言及されるが、姿を現すことはない。雨をもたらす神とも言及されている。マーヤカーラの名は直訳すると「幻術を使う者」だが、これはカーンターラの森についた神だろうか。ベルメの養母バイディが少女時代に森の奥の川床で見つけた美しい黒い石としてまず現れ、次には小柄な老人(リシャブ・シェッティが特殊メイクで演じる)として、ヴィジャエンドラ王を挑発し、少年期のベルメに教えを垂れ、ベルメに乗り移った神霊グリガを鎮めたりする。彼のまわりには時にフリと呼ばれる虎が現れるが、このフリはパールヴァティーの使者であり、なおかつウッラーヤの命令にのみ従うとされる。そして前作でも現れた猪のパンジュルリ、憤怒のグリガもカーンターラに棲みついた神霊として登場するが、そのタイミングが意外に早く、この後どうなるのかと思っていると最後に現れるのがチャーヴンディである。シヴァ神と一体化したベルメや、グリガが憑依したベルメ、老人マーヤカーラにも手に負えない最凶・極悪・究極の敵を倒すために降臨する。チャーヴンディはチャウディとも呼ばれる女性の神霊。多くのバージョンが存在する伝説のひとつでは、チャーヴンディはグリガ、ジャッティガ、ラーフ・グリガ(「災いのグリガ」として中盤に登場)とともに強力な4人の兄弟姉妹であるという。カルナータカ州マイスールの有名なチャームンディ(チャームンデーシュワリとも)女神を思い起こさせるが、両者は異なる神格である。このチャーヴンディ登場にあたっては、グリガが憑依した状態のベルメが「ガーリバドラ・クマラの娘サンケバーレ女神とは我が妹のこと」と前置きし、そのあと女性の声に変わり「我はチャーヴンディ」と名乗りを上げる。この回りくどい紹介の中の「ガーリバドラ・クマラ」「サンケバーレ女神」については、調べた限りで人類学の論文などには見当たらず、映画のために創作されたもののように思われるが、トゥルナード出身のリシャブが知っている極端にローカルな神霊の可能性も捨てきれない。インドには学術論文にもインターネットにも捕捉されないものがまだいくらでもある。

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▪パーッダナとしての『カーンターラ 炎の決戦』

以上に紹介してきた神的な存在は、どのような階層のピラミッドに配置されるのだろうか。最高神ウッラーヤとシヴァ神はどのように関係するのか。答えはどこにもない。神々の相関関係を整然と示すことに本作は注意を払わない。それは本作全体が新たに語られたリシャブ版パーッダナで、そこは人々の間で複数の最高神が矛盾なく同居している世界だからだ。主流ヒンドゥー教のサンスクリット語聖典・叙事詩とは異なり、トゥル語のパーッダナは基本的には口承で、19世紀後半になってからやっとテキスト採取が始まった。そこには正典と外伝の区別はなく、そのナラティブは時と場所、演者、祭主などに応じ自在に変化する。たとえば、トゥルナード出身の研究者ヴィヴェーカ・ライは猪の神霊パンジュルリに関して「多くのパーッダナで、農作物を荒らすなどの悪行ゆえに罰としてブータに姿を変えられた仔猪に由来するが、一部にはヴィシュヌ神の汗からパンジュルリが生まれたという伝承もある」と述べる。本作のクライマックスの後にグリガとチャーヴンディが舞い踊るブータ・コーラのシーンがあるのは単なる飾りではない。つまり、そこに至るまでの全てのエピソードが、このブータ・コーラで歌われていたパーッダナだったということになる。そして、最終シーンで1970年代の少年シヴァの問いに対し、語り部の男は「続きはまた今度」と返す。また別の日には別のパーッダナが始まるということなのだろう。

著者プロフィール/安宅直子(Naoko Ataka)

南インド映画研究者。映画評論サイト「BANGER!!!」やウェブニュースレター「インド映画タイムズ」に不定期に寄稿。編著に『南インド映画クロニクル』(PICK UP PRESS刊)。『RRRをめぐる対話 大ヒットのインド映画を読み解く』(PICK UP PRESS刊)では編集を担当。他に『新たなるインド映画の世界』(共著)など。

安宅直子氏による前作『カーンターラ 神の降臨』に関する記事も、合わせてご一読ください。

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