『冴えないボクと映えるキミ』に見る、恋愛婚と見合い婚(安宅直子)

南インド映画研究者の安宅直子氏による、本日9月4日公開のタミル語映画『冴えないボクと映えるキミ』から読み解く、インドの結婚事情の解説記事をお届けします。
インド映画タイムズ 2026.09.04
誰でも

※本エッセイには、映画の内容に触れる言及があります。気になる方は、本編をご覧いただいてからお読みください。

©ZionFilms ©MRPEntertainment

©ZionFilms ©MRPEntertainment

***

映画の設定

©ZionFilms ©MRPEntertainment

©ZionFilms ©MRPEntertainment

2000年の生まれだという新人監督マダンが同世代の演じ手たちと送り出したタミル語映画『冴えないボクと映えるキミ』(2026)はZ世代と呼ばれる若者たちの恋愛・結婚・友情・家族愛などが程よくブレンドされた肩の凝らないラブコメ。大作志向、アルファメイル(動物の群れの中で頂点に立つタイプのオス、転じて権力志向の男性性を極端に押し出したキャラクター)礼賛、過激なバイオレンスが幅を利かせるインド映画が続く中で、ほっとさせる清涼剤となるだろう。

主人公のサティヤは20代後半、デザイナーとして在宅で働いている。チェンナイのアパートでの生活は落ち着いており、料理も得意な彼は一人住まいに不自由を感じていない。そんな彼を見かねた姉が勝手に見合いをセッティングする。約束のカフェで相手の女性モニシャと対面した彼はうっすらと好意を抱くが、モニシャはインスタグラムで190万人のフォロワーを持つインフルエンサーであることを後になって彼は知る。その場での雑談で、2人はどちらも地方都市ティルチの出身、しかも同じ高校に2年違いで在籍していたことが分かる。2人の会話はティーン時代の初恋のことに移り、モニシャはそれぞれの実らなかった初恋の相手を探し出すという突飛な提案をして、サティヤを振り回す。

デザイナーとインフルエンサーなどと書くと、キラキラした横文字職業に就く男女の現実感のないトレンディー・ドラマか何かのようだが、実見してみるとそうでもない。マダン監督は、デザイナーというサティヤのステイタスについては、「何か職に就かせる必要があったから当てはめただけ。IT技術者ほど平凡じゃない何かとして」と淡白なことを述べる。一方、モニシャのインフルエンサーという設定は、「身の回りの小さな出来事を取り上げ、“内なる声”を率直に発信するのがメイン。ファッションや企業のショールームを宣伝したりするタイプではない」と、やや言い訳がましい。たぶんこれは、成人した2人の男女の生活から“会社ファクター”を捨象するためのちょっとした工夫でしかなく、彼らは極端にトガったキャラクターではない。モダンだけど型破りというほどでもない、そんな2人が見合いというマッチング形式をどう見ているかは、本作のメインテーマではないものの、背景として興味深い。

インド映画でのマッチングの描かれ方

©ZionFilms ©MRPEntertainment

©ZionFilms ©MRPEntertainment

まず大前提として、インドは多様性の国であり、恋愛観・結婚観も世代や地方、カースト、宗教、そして個人の考え方により千差万別であることは断ったうえで、南インドのものを中心に映画でのマッチングの描かれ方を見ていきたい。

前2世紀から2世紀の間に成立し、現在もインド人の行動様式に影響を与えていると言われる『マヌ法典』は結婚のいくつかのスタイルを列記している。この中にあるガーンダルヴァ婚は、「娘と花婿の双方の意思によって結ばれるのはガンダルヴァの〔生き方である。そしてそれは〕性の交わりを目的とし、愛欲より生じるものであると知るべし」(『マヌ法典』渡瀬信之訳註、平凡社、P.89)と定義される。一見自由恋愛を認めるようにも見えるが、続く部分でこれを世間から非難される結ばれ方として避けるべきだと結論づけている。

2018年にローク財団とオックスフォード大学により行われた調査によれば、現実に結婚しているインド人夫婦の93%以上が見合い婚で、また20~30歳の世代に絞っても90%と高率だという。自由恋愛が基本のアメリカ映画はインドで大人気だし、インド映画の中でも恋愛は王道だ。そうしたものに憧れるティーンは多いが、実際の結婚におけるインド的価値観は根強く、自由で奔放な男女関係を「外国かぶれ」と貶める発想もある。アメリカに根を下ろしたインド人の成功者ですらが、伝統的な見合い婚で本国から嫁をとる様子は、2017年のテルグ語映画フィダー 魅せられてでもさらりと描かれていた。一方で映画のような恋に憧れるティーンの恋模様は、『冴えないボクと映えるキミ』ではクラスメートのアニシャに寄せるサティヤの想いが典型的だが、アニシャをイスラーム教徒とする絶妙な設定は、タミル語映画途中のページが抜けている(2012)で主人公プレームが挙式の直前に口にする「サイラ・バーヌ」(イスラーム教徒女性だとはっきり分かる名前)を思わせる。

Z世代の若者たちの間でも、いつかは結婚して家庭を持たなければならないという人生観、親や年長者の言うことに従うのが孝行という価値観はさほど大きくは揺らいでいない。家庭を築き子孫を残すのはインド人にとって人生の義務と見なされているからだ。特に資産を持つ層にとっては、結婚は親族共同体を経営していく中での事業展開でもある。事業であるからにはパートナーの選定にあたっても多角的な観点から精査し、既存メンバーの承認を得た上で決定されなければならない。当事者個人の感情も考慮されるが、それが決定的要因になるとは限らない。

タミルでは伝統的にはオジ・メイ婚、交差イトコ婚が理想とされ、また男性が女性より10歳程度年上であることが望ましいとされていた。親族間の結婚の場合、カーストの問題はあらかじめクリアされており、また財産が細分化したり親族外に流出することが防げるという点でも好都合だった。近年は遺伝学的な意味での近親婚の危険性が周知され、オジ・メイ婚、交差イトコ婚はほとんど行われなくなり、カップルの年齢差も縮まったが、それでも男性が年上でなければならないという意識は強く残る。2007年のカンナダ語映画Aa Dinagalu〔あの日々〕』 (未)はギャングものだが、抗争に巻き込まれた若いカップルの関係が、カーストの違いと並んで女性が1歳年上(実際の台詞では「数か月年上」、つまり1年のうち数か月間だけ女性の方が年上の期間がある)という点でも歓迎されないものとして描かれていた。

また比較的近年まで、特に村落部で、「まともな家庭の人間」は見合い婚をすべきで、まともな家庭の子弟・子女がフラフラと外を歩き、親の目の届かないところで素性の知れない者と出会って恋に落ちること自体がふしだら、という考え方もあった(今もあるかもしれない)。愛し合うようになった当人たちが駆け落ちで結婚したとしても、彼らの妹や弟が適齢期になった時、「ああいう家」の者として結婚相手探しでハンデを負うことになる。2000年に起きたある事件から発想されたタミル語の学園ロマンスKalloori〔カレッジ〕』(未・2007)は、そうした極端な純潔主義に染め上げられた若者たちの痛ましい青春の記録という面も持つ。

もしも恋愛の相手が、たまたま条件が釣り合った理想的な人物だった場合、あるいは釣り合いが今ひとつでも双方の家族が納得した場合は、改めて当事者と親族が一堂に会して顔合わせする見合いのような形式をとり、見合い婚のほうに寄せていくことも行われる。人気作家チェータン・バガトの自伝的な小説を原作に持つヒンディー語映画2つの州 ~僕らの結婚物語~(2014)は、そうしたすり合わせの一部始終をコメディータッチで描く。

変わりつつある見合いの内実

©ZionFilms ©MRPEntertainment

©ZionFilms ©MRPEntertainment

その見合いの内実も変わりつつある。20世紀半ばあたりまでは周囲にお膳立てされ互いの顔も見ずに結婚するカップルは珍しくなかった。そこまでではなくとも、「ペン・パーッカ」(pen parkka / girl viewing、タミル語圏での呼称)という身も蓋もない呼び方をされる見合いがインド全域で行われ、これは現在も続いている。花嫁候補に歌や踊りなどの技芸を披露させたり、お茶をサーブさせて立ち振る舞いを見るなど、花婿候補とその親族に値踏みをさせるかのようなあからさまなそのやり方は、たとえばタミル語映画ムトゥ 踊るマハラジャ(1995)にもあった。

やがて「時流に合わせて」見合いの場で花婿花嫁候補が2人だけで話をする時間を持たせることが普通になるが、「初対面でいきなり話せと言われても」という当事者のリアクションはマラヤーラム語映画グレート・インディアン・キッチン(2021)でも見られた。逆に言えば、初対面に至るまでのアレンジで、職業・学歴・カースト・資産・容姿(身長や肌色も含む)・占星術上の星回り(これは非常に重視される)はすでに調整済みのはずなので、残るのは2人の相性だけという考え方なのだろう。

見合い婚の相手探しは、親や親族に当てがない場合は、専門のお見合い周旋業者に依頼することが多く、それと並行して新聞に求婚広告を出すことも古くから行われてきた。今世紀に入ってからはそれらに加えインターネットの婚活サービス、さらにはスマホのマッチングアプリなども大いに活用されている。

見合いの場での1回限りの会話では決められない場合は何度かデートをすることも近年は普通になってきている。『冴えないボクと映えるキミ』では、誰からの干渉も受けないカフェでの2人きりの出会いが設定されているだけでなく、結論を出すまで好きなだけ時間をとって交際してみることが許されている点でも、当事者たちの裁量に任される度合いが高い。いうならば「出会いだけがアレンジされた恋愛」に近く、恋愛から始まり見合い的な手続きを経て結婚に至る『2つの州 ~僕らの結婚物語~』との違いは限りなく微細なものに見えてくる。インドの「9割以上が見合い婚」の内実は、かくも多様なのだ。

著者プロフィール/安宅直子(Naoko Ataka)

南インド映画研究者。映画評論サイト「BANGER!!!」やウェブニュースレター「インド映画タイムズ」に不定期に寄稿。編著に『南インド映画クロニクル』(PICK UP PRESS刊)。『RRRをめぐる対話 大ヒットのインド映画を読み解く』(PICK UP PRESS刊)では編集を担当。他に『新たなるインド映画の世界』(共著)など。

映画情報

出演:アビシャン・ジーヴィント、アナスワラ・ラージャン/シャシクマール(特別出演)、カマレーシュ・ジャガン(特別出演)

監督・脚本:マダン音楽:ショーン・ロールダン編集:スレーシュ・クマール

製作:サウンダリヤー・ラジニカーントほか撮影:シュレーヤース・クリシュナ

製作会社:ザイオン・フィルムズ、MRPエンターテインメント

2025年/インド/タミル語/141分/原題:WithLove/字幕:大西美保/字幕監修:小尾淳

配給:SPACEBOX/ラビットハウス ©ZionFilms ©MRPEntertainment

関連情報

***

インド映画タイムズを応援していただけませんか?

インド映画タイムズは、記事を通じてインド映画ファンが増え、日本で公開される作品がさらに増えていく――そんな好循環を目指しています。

皆さまからのご支援は、その循環を前に進めるために、より深い取材、より多くの作品紹介、より充実した解説記事をお届けできるよう努めてまいります。

この活動に共感いただけましたら、ぜひサポーターとしてご参加ください。

無料で「インド映画タイムズ」をメールでお届けします。コンテンツを見逃さず、読者限定記事も受け取れます。

すでに登録済みの方は こちら

誰でも
『冴えないボクと映えるキミ』コラボメニュー発売!
誰でも
インド映画の公開&発売予定ラインナップ(2026年9月)
誰でも
Netflix新着インド映画リスト(2026年8月版)
誰でも
インド映画ニュースまとめ(2026年8月)
誰でも
食目線で見るインド映画④ー『イドリ・カダイ』ー(アジアハンター小林)
誰でも
【続報】『冴えないボクと映えるキミ』新カット解禁&主演アビシャン・ジー...
誰でも
インド神話 meets スーパーヒーロー!ごった煮アクション『Mira...
誰でも
【速報】『PS1 黄金の河』『PS2 大いなる船出』『バーラ先生の特別...