『ANIMAL』レビュー|人間を怪物にした機能不全家族の秘密

2023年公開のヒンディー語映画の中で興行収入第1位となった『ANIMAL』。本作の字幕を担当した藤井美佳氏によるレビュー記事をお届けします。
インド映画タイムズ 2026.02.13
誰でも

テルグ語映画『Arjun Reddy』(2017)と同作を自らリメイクしたヒンディー語映画『Kabir Singh』(2019)で、愛と暴力を破滅的な形で描写し注目を集めた監督サンディープ・レッディ・ヴァンガ。現代社会に潜む社会の澱を浄化せずに描く監督の最新作『ANIMAL』(2023)が間もなく日本で公開される。本国では、有害すぎる男性性に嫌悪感を示す批評も多く見られたが、映画監督や俳優からは称賛の声も上がり、見る者を引きつけてやまなかった。また、主演ランビール・カプールへの評価は高く、2023年のインド映画界の話題をさらった。オリジナル言語であるヒンディー語の他にテルグ語・タミル語・カンナダ語・マラヤーラム語吹き替え版も同時公開され成功を収めている。不快な暴力、男性による支配や加害を描き問題作とも言われてきた本作を考察してみたい。

※作品の内容に一部触れている内容となっております。予めご了承の上、ご覧ください。

『ANIMAL』  2月13日(金)グランドシネマサンシャイン 池袋、新宿ピカデリー他全国順次公開 © SUPER CASSETTES INDUSTRIES PRIVATE LIMITED & BHADRAKALI PICTURES PRODUCTION 2023

『ANIMAL』 2月13日(金)グランドシネマサンシャイン 池袋、新宿ピカデリー他全国順次公開 © SUPER CASSETTES INDUSTRIES PRIVATE LIMITED & BHADRAKALI PICTURES PRODUCTION 2023

どんな家族にだって誰にも言えない“秘密”がある

本作の主人公ランヴィジャイ(ランビール・カプール)は財閥の御曹司だ。彼の感情の発露は独特だった。父親バルビール(アニル・カプール)に対する忠誠心が強く、決して揺らぐことはない。一方、父親は会社の維持に夢中で、息子に愛情を示すことも認めてやることもなかった。父親の愛に飢えた男は、少年時代の精神年齢のまま成長していく。彼は怒りを言葉にすることも、悲しみを涙にすることもなく、相手を思いやる言葉をかけることもなくコントロールしようとする。好意を抱く女性に愛を語る代わりに、アルファメイル(群れを支配するオス)の何たるかを延々と語り説き伏せようとする無神経さだ。ヴァンガ監督の前作『Kabir Singh』の主人公も破滅型ではあったが、背景にはロマンスがあり、同情の余地はわずかながらあると感じられた。一方、本作の主人公はあまりにも身勝手で暴力的で、同情の余地はないと思った。

ところがYouTubeで調べ物をしているうち、本国で行われた本作の関連イベントが目に入った。出演者が並ぶなか、宿敵アブラールを演じたボビー・デーオールが映画の見どころについてこんなことを言った。「どんな家族にだって誰にも言えない“秘密”があるだろう?」『ANIMAL』はマチズモを振りかざした映画ではなかった。暴力だけをコミュニケーションの装置とする、愛情を循環させることをやめた「機能不全家族の物語」であることに気づかされたのだ。家族とは奇妙なもので、いかに間違ったルールが運用されようと、他人に知られることがないから指摘も訂正もされない。機能不全家族で育った子供は、親の顔色をうかがい、期待に応えようと先回りし、感情を処理しようとする。親が子を支えるのではなく、子が親の欠落を埋めようとする。デーオールが語った“秘密”とは、機能不全家族の異常さのことだった。

『ANIMAL』2026年2月13日(金)グランドシネマサンシャイン 池袋、新宿ピカデリー他全国順次公開。配給:ギークピクチュアズ © SUPER CASSETTES INDUSTRIES PRIVATE LIMITED & BHADRAKALI PICTURES PRODUCTION 2023

『ANIMAL』2026年2月13日(金)グランドシネマサンシャイン 池袋、新宿ピカデリー他全国順次公開。配給:ギークピクチュアズ © SUPER CASSETTES INDUSTRIES PRIVATE LIMITED & BHADRAKALI PICTURES PRODUCTION 2023

この家族の歯車が狂ったのは創業者である祖父の時代にまで遡る。家族の不和が解消されぬまま何十年と過ぎ、負の連鎖を断ち切ることもなく放置した。くすぶっていただけの火種が今やぼうぼうと燃え上がる炎の柱となっていた。軌道修正する機会を逃した家族は、間違いから目をそらしたまま、止まることもできずに破滅の道へと突き進んでいくしかなかった。そこへ自ら飛び込んだのがランヴィジャイだった。

貧しさや出自を原因に虐げられていく人々を描いた映画を見たことがあるかもしれない。しかし独自の進歩を遂げ経済的に発展を遂げたインドには、私たちの想像を絶するよう富裕層が一定数いる。家族の機能不全は貧富の差に関係なくどの家庭にも起こりうる。親として未成熟なバルビールの子がランヴィジャイのような怪物に育っても何の不思議もない。そう考えると、映画のオープニングからエンディングまで幾度か繰り返される父親を慕う少年の歌声は、切なく悲痛な叫びとして理解できる。

本作が物議を醸すこととなった性と暴力の描写

さて、本作が物議を醸すこととなった性と暴力の描写についても触れておきたい。本作は、過激な流血を伴う暴力・卑語・性的描写があるという理由で、成人指定のA認定(18歳未満鑑賞禁止)を受けた。ヴァンガ監督は、過去二作もA認定を受けており、製作者や監督は露骨な性描写が削除の対象になることを理解して制作にあたっているはずだ。

性については、インド映画であるがゆえに暴力と同等の過激さで描かれることは、一部の配信作品を除いて、まずない。何かがそこで行われたと匂わせるだけで、実際は何も行われていないに近く、際どい表現はほぼない。それにもかかわらず人々の印象に残ったのは、主人公の妻ギタンジャリ(ラシュミカー・マンダンナ)がところどころで性欲を示したからだろう。セックスへの創意工夫がいくつか見られ微笑ましいが過激さはない。私はこれを『愛のコリーダ』(1976)へのオマージュと受け取っているが、提示された暴力と比較するとどう考えてもアンバランスで、おままごとのように感じられる。インド映画をあまり見たことのない人は拍子抜けするかもしれない。

一方の暴力は、良くも悪くも観客を興奮させる。音楽の効果で暴力を煽ることも可能だ。映画の中盤、『キル・ビル Vol.1』(2003)を連想させるシーンがあり、ランヴィジャイ率いる一族の男衆が誇り高き歌を朗々と歌い上げる。そのコーラスは不思議な重厚さがあり、目の前で凄惨な争いが繰り広げられているにもかかわらず、なにか尊いものを見させられたような思いに駆られる。本作の暴力とアクションは映画の強度やエンターテインメント性を増すための一つの装置として十分に機能しており、繰り出される武器の数々は、規模も形状も想像の遙か上を行く突拍子のなさで、父親へのウェットな愛着を忘れるくらい軽妙かつ軽快だった。

またヴァンガ監督は、機能不全家族という厄介な現代の病理を抱える本作で、諦めに似た女性たちの白けたムードも忘れず描いている。ランヴィジャイの母親は、夫に苦言を呈し威圧されることもあったが、その下の世代は、歯止めの利かない壊れた男たちと適度に距離を保って安全なスペースを確保しようとしていた。

それでも結局、壊れた夫は対話を拒否し、妻の理性ある言葉は通じなかった。

Main ghost se ladta nahin, unhe kha jata hun.
(原意:亡霊とは戦わない。亡霊ならのみ込んで消す。)

『ANIMAL』のセリフ(原文)より

破綻だらけのこの男の行く末を暗示するような不吉な宣言だ。恐怖も葛藤も存在しない。対話の拒否、精神の空洞化が感じられる。これは家族を劇場としたホラーだ。

『ANIMAL』2026年2月13日(金)グランドシネマサンシャイン 池袋、新宿ピカデリー他全国順次公開。配給:ギークピクチュアズ © SUPER CASSETTES INDUSTRIES PRIVATE LIMITED & BHADRAKALI PICTURES PRODUCTION 2023

『ANIMAL』2026年2月13日(金)グランドシネマサンシャイン 池袋、新宿ピカデリー他全国順次公開。配給:ギークピクチュアズ © SUPER CASSETTES INDUSTRIES PRIVATE LIMITED & BHADRAKALI PICTURES PRODUCTION 2023

かつてのヒンディー語映画は最後に和解し、家族は回復し、最終的に正しい場所に戻るという前提を共有していたが、主人公ランヴィジャイに感情を抑えつつも時にすごみを利かせ「NO」と言えた数少ない人物ギタンジャリも、家族という劇場に入り、やがて退場していった。絵物語は現実みを失い、きれいな教訓や道徳的カタルシスでは観客の心に届きにくくなっているのかもしれない。ヴァンガ監督が得意とするのは、怒りが生まれる瞬間や、愛が執着に変わる瞬間、自尊心が暴力に転化する瞬間を描くことだ。その感情がどう跳ね返るか、摩耗するか、あるいは感情が循環することなく放置されるのか。本編の最後、続編『ANIMAL PARK』があると示されたが、取り扱いの難しいこの物語はどのように回収されていくのだろうか。後半で鮮烈な登場を果たしたボビー・デーオール。ランビール・カプールと彼の二人が対峙した時、『ANIMAL』の世界は単なる過激な暴力映画ではなく、循環する暴力の寓話となっていくようにも見えた。ヒンディー語映画の新境地が開かれるのを楽しみにしている。

作品情報

題名:ANIMAL

公開:2026年2月13日(金)

キャスト:ランビール・カプール、アニル・カプール、ラシュミカー・マンダンナ、ボビー・デーオール

監督:サンディープ・レッディ・ヴァンガ

脚本:サンディープ・レッディ・ヴァンガ、プラナイ・レッディ・ヴァンガ、スレッシュ・バンダル

2023年 / インド / ヒンディー語・パンジャーブ語・英語 / 201分 / シネマスコープ / カラー / 5.1ch

原題:ANIMAL / 日本語字幕: 藤井美佳 / 配給:ギークピクチュアズ

SUPER CASSETTES INDUSTRIES PRIVATE LIMITED & BHADRAKALI PICTURES PRODUCTION 2023

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