字幕監修の小窓から ~テルグ語映画であんな話こんな話③『RRR』のナートゥがナートゥになったわけ
宝塚歌劇版『RRR』(『RRR × TAKA”R”AZUKA ~√Rama~)が好評だ。映画の方も10月21日の日本公開4周年リバイバル上映は87館にものぼったらしい。日本でこんなにも愛されるインド映画はそうそうないだろう。そんな作品に字幕監修者として関わることができて、私は本当に幸運だと思う。個人的には解説本も出したし(山田桂子・山田タポシ著『RRRをめぐる対話』2023年、PICK UP PRESS)、トーク・イベントも何度かやったので、正直もう話題の引き出しが空っぽになった感があったのだが、先日ふと思い出したことがあった。今回はそれを紹介したい。
まず前置きだが、私は仕事のオファーが来るといつも、その映画にもし自分のわからない単語や言い回しがあったらどうしようと極度に心配になる。本当は本編を見てから仕事を引き受けたいのだが、業界の慣行もあり、また見てもいない、ちゃんとできるかどうかもわからない作品の字幕監修を引き受けなければならないのが通常だ。
自分のテルグ語能力に自信がないので、必ず配給会社にインドからテルグ語台本を取り寄せてくださいと頼んでいる。とはいえ、『プシュパ 覚醒』(2021年)の時のように手に入らないこともある。幸運にも台本がある場合はそれを本編映像の入ったDVDと一緒に送ってもらうのだが、しかしそれが届くまでのほんの1~2日間すら心配で居ても立っても居られず、とにかく何かできることをやって心を落ち着かせようとする。映像も台本もないのにできること、それは唯一、歌の全訳である。
