食目線で見るインド映画⑤『花嫁はどこヘ?』ほか
多様なチャイのかたち
インド映画を食目線で見るうえで、これまでは本欄で紹介してきたように、食や食堂を主要なテーマや舞台とした一本の作品から食のシーンを抽出し、それがどのように描かれているかを注意深く見てきた。しかし今回はそのアプローチを変え、特定の食べ物や飲み物が、言語や制作年代の異なる複数のインド映画の中でどう描かれているかをたどってみたい。広大なインドでは、地域や時代によって、たとえ同じ食べ物でも供し方や食べ方は大きく変わる。今回は後者の視点から、映画に登場する一つの食の姿を見ていきたい。テーマは「チャイ」である。
チャイほどインドのあらゆる場面で愛されている飲み物はない。東西南北という地理的な違い、あるいは富裕層から貧困層にいたる経済的格差を超えて、インド人はみな平等にチャイを飲む。しかしその飲み方や淹れ方、素材や味は千差万別だ。そもそも「チャイ」という呼称ですら全国共通ではなく、地域によって「チャー」「チャハ」「ティー」などと呼びわけられる。こうした地域ごとの飲み方や淹れ方の違いを見比べるうえで、言語・年代別のインド映画ほどうってつけの資料はない。
鉄道駅とチャイ
まずは『花嫁はどこへ?』(原題:Laapataa Ladies/2024年)から。新婚夫婦が花嫁を取り違えるという、日本では決して考えられない、しかしインドでは絶対にありえなくもない導入部から物語ははじまる。深夜の列車で夫とはぐれた世間知らずの花嫁が身を寄せるのが、チャイと軽食を売る駅の小さなティー・ストール(茶店)である。切り盛りするおばさんにはDV夫との離婚歴があり、一見とっつきにくいが根は優しい。世間のことを花嫁に教え、軽食づくりの手伝いをさせながら、夫が迎えに来るのを共に待つ。
インドにはいたるところにチャイ屋があるが、その存在を最も身近に感じる場所の一つが鉄道駅だろう。長距離列車から下車する人と乗ろうとする人とが行きかう駅はチャイ売りにとって格好の稼ぎ場である。売り子たちの放つ「チャイ~、チャイ~」のネットリした声が帰国後も耳にこびりついて離れない旅行者も少なくないのではないか。

鉄道駅にあるティー・ストール
作中のティー・ストールではチャイのほか、ブレッドパコーラーやサモーサーなどの揚げ物、ショーケースに入ったタバコ、シート状につながったグトゥカー(噛みタバコ)の袋が天井から吊るして売られている。ここで働く少年の「今日は112カップのチャイが売れた」というセリフから、地方の小規模な駅で歩き売りするチャイ屋の平均的な販売数も推し量れる。
チャイの歩き売り少年といえば、古い作品ながら強烈な印象を残すのが『サラーム・ボンベイ!』(原題:Salaam Bombay!/1988年)。「チャイポウ」とあだ名されたチャイ運びの少年の目線で、1980年代後半のボンベイの街の暗部を、まるでドキュメンタリーのようにリアルに描き出したのは、今やマムダニNY市長の母といった方が通りがいいかもしれないミーラー・ナーイル監督である。
地方から流れ着いた身寄りのない少年が、食べるためにとりあえず最初につく仕事の一つがこのチャイの歩き売りであることが作品からわかる。公開されたのは1988年だが、2026年現在のムンバイにもこの手の少年はいる。グラント・ロード(Grant Road)駅構内にある茶店から、裏手に広がるカーマーティープラーの売春地区にチャイを運ぶのがチャイポウの仕事だが、このエリアも当時と驚くほど変わっていないことが映画を見るとわかる。

ムンバイには今もチャイを売り歩く地方出身の少年がいる
駅のティー・ストールが効果的に挿入されているのが、『ディル・セ 心から』(原題:Dil Se‥/1998年)の冒頭のシーンである。インド国営ラジオ局(All India Radio)に勤めるアマル(シャー・ルク・カーン)は冷たい雨の降る夜ふけ、旅先の小さな駅で列車を待つ。誰もいないと思われたプラットフォームのベンチに、一人のミステリアスな女(マニーシャー・コイララ)がいた。心ひかれ、あの手この手で話しかけようとするアマルに女は一言。
「熱いお茶を一杯」
駅舎の外に出て見つけたティー・ストールの店主をたたき起こして作らせたチャイを持ち、戻ってくると女は迎えに来た男たちと別の方角へ向かう列車に乗り込んでいた。駅から離れていく列車を呆然と見送るアマル。その両手に握られた二つのチャイグラスに、冷たい雨のしずくが降り注ぐ。幻想的かつ暗示的なシーンである。
地域別のチャイ
その『ディル・セ 心から』でミステリアスな女を演じたマニーシャー・コイララが、約20年の歳月を経て口うるさい老母役を演じているのが、以前も本欄で紹介した『マスカ~夢と幸せの味~』(原題:Maska/2020年)である。ムンバイの由緒ある老舗イラーニー・カフェを舞台に、跡継ぎ問題をコメディータッチで描いた作品だが、この作品ではイラーニー・カフェのシグネチャー・メニューであるバン・マスカのほかに、イラーニー・チャイも頻繁に登場する。使用する茶器も、駅売りのようなガラスのコップではなくカップ・ソーサーで提供される。
このように、同じチャイでも飲用器具や飲み方に大きな地域差があるのがインドである。『マスカ』の中では描かれていないが、ムンバイなど西インドに行くとよく見られるのが、カップからソーサーにチャイを移す飲み方。古くはイギリスやオランダの貴族の間で「マナーとして」広まったというが、いまやこのような飲み方は欧州では誰もしていない。
西インドに残る、この「ソーサー飲み」がしっかりと見られる映画は、比較的年代の新しいものではアミターブ・バッチャン主演の『Sarkar〔政府〕』(未・2005年)である。独特の飲み方が主人公の性格造形に一役買っている。また古くは名作『詐欺師』(原題:Shree 420/1955年)の中で、路上のチャイ屋がティー・ボイラーを脇に置き、自ら売り物のチャイをソーサーに移して飲んでいるシーンが登場する。この時代からすでにこうした飲み方は一般的なのだ。古いモノクロ映画に登場する飲食シーンはそれだけで資料的価値が高い。

ソーサー飲みをする人
広いインドで親しまれているのは甘いチャイだけでない。塩をいれた「ナムキーン・チャイ(塩茶)」が好まれる地域もある。インド北西部・カシミール地方を舞台にした映画では、ダル湖や雪をかぶった山々の稜線といった美しい風景と共に、このナムキーン・チャイが登場するものがある。シェイクスピアの戯曲「ハムレット」を題材に、1990年代の凄惨なカシミール紛争を描いた『Haider〔ハイダル〕』(未・2014年)にもナムキーン・チャイは登場する。分離派の隠れ家で、男たちがサモワールというカシミール特有の保温式給茶器を用いているシーンがあり、茶の淹れ方や飲み方がよくわかる。ほかにもカシミールを舞台にした『Shikara〔ボート〕』(未・2020年)にはサモワールや装飾を施した食器の並んだカシミール・パンディットの台所とダイニングが登場する。
一方、南インドに行くとチャイは「ダバラー・タンブラー」と呼ばれる金属製の器で飲まれる。南インドの飲食店に行くと、客がダバラーとタンブラーを相互の手に持ち、交互に入れ替えしながら撹拌している姿が見られる。

ダバラー(外側)とタンブラー(内側)
インドのほかの地域では見られない、このダバラー・タンブラーを南インドでいつ頃から使うようになったのかはわからない。しかし、少なくとも今から60年以上前には一般化していたことが、1964年公開のタミル語映画『Server Sundaram〔給仕スンダラム〕』(未)を見るとよくわかる(ただし作中で飲まれているのはコーヒー)。主人公の食堂の給仕・スンダラムが曲芸のように何個もダバラー・タンブラーを重ねて給仕するシーンがあるが、これは映画的演出である。またスンダラムが(裕福な友人が滞在している)ホテルの喫茶室で出されるのは白い陶器のティーカップに入ったコーヒーであり、同じコーヒーを飲むのにさまざまな茶器が当時すでに併存していたことが読み取れる。
この『Server Sundaram』は大ヒットし、『Main Sunder Hoon〔私はスンダル〕』(未・1971年)のタイトルでヒンディー語リメイク版も作られた。このヒンディー語版でチャイは、白い陶器のティーカップに入れて提供されている。言語別のリメイク版を見比べると、使用されている茶器や飲み方の地域差がわかって興味深い。
チャイの構成要素が描かれた映画
チャイにミルクは欠かせない。インドでは食堂でも寺院でも、ミルクにギー、ヨーグルトといった乳製品をふんだんに使用する。ただかつてのインドは必ずしも「湯水のように」ミルクを使える環境ではなかった。インドが現在のような乳製品大国になったのは独立後、搾乳したミルクを保存する技術開発に成功したアムール(Amul)の功績が大きい。「白い革命」とまで呼ばれたアムールの苦難に満ちた誕生と成功の物語を、巨匠シャーム・ベネガルが監督したのが『Manthan』(1976年)である。ちなみにアムールとは私企業ではなく、独立後にグジャラート州アナンドで誕生したカイラ地区協同組合牛乳生産者組合(Kaira District Co-operative Milk Producers' Union)が製造する乳製品につけられたブランド名である。サンスクリット語で「かけがえのない」を意味する"アムールヤ"から採られたが、のちにThe Anand Milk Union Limited(アナンダの酪農家協同組合)の頭文字を取ったもの、との説明が付与された。同作品を見ると、ミルクたっぷりのチャイのありがたみがより深く実感されるはずだ。
ダージリンなどの茶園を舞台にした作品は数多い。インド国内の茶産地はいずれも冷涼な高原にあり、一面に広がる茶畑の緑とも相まって内外から多くの観光客を集める。そう、茶畑は観光地という側面もあるのだ。

一面に広がる美しい茶畑
その美しいダージリンの茶園を背景に、恋と格闘を描いたのが『Barsaat Ki Ek Raat〔雨の夜〕』(未・1981年)。渋く脂ののったアミターブ・バッチャンの魅力もさることながら、何度も挿入される広大で美しい茶園も大いなる見どころである。そこで茶摘みをするのはネパール系、とくに東部ネパールに多く居住するライ族、リンブー族、タマン族といったモンゴロイド系少数民族の女性たち。民族衣装を身にまとい、ドコと呼ばれる竹で編んだ円錐形の籠を背負って茶摘みをする女性たちの姿はダージリンの茶園を象徴する光景である。そのおよそ30年後に制作された、同じダージリンの茶園を舞台にした『バルフィ! 人生に唄えば』(原題:Barfi!/2012年)にもネパール系住民が多く登場する。年代の異なる作品を見比べることで、同じダージリンでも街並みや茶園で働く人々の様子の経年変化がよくわかる。
飲めるお店
北インドではチャイを素焼きのカップに入れて出す店が多い。〈浄・不浄〉の観念に厳しいインドで、もともとは他者と使いまわさないことを目的として生まれた器が、いつしか土の風味を楽しむものへと変化した。その素焼きのカップを、わざわざ国内で窯焼きして提供しているのが、京都府宇治市にあるWatte chai(ワッテチャイ)である。飲んだあとは店名の通り割って捨てることで喫茶行為が成就する。そのこだわりたるや。
著者プロフィール/アジアハンター小林
インド食器・調理器具専門の輸入販売業者。並行してインドの食文化についての執筆活動も行う。著書に『日本の中のインド亜大陸食紀行』『日本のインド・ネパール料理店』『食べ歩くインド』『インドの台所』『深遠なるインドの料理の世界』など多数。12月刊行予定の共著『チャイの本』が予約受付中。
※本文中の写真は全て小林氏撮影&提供
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