食目線で見るインド映画②ー『マスカ~夢と幸せの味』ー(アジアハンター小林)
イラーニー・カフェ入門映画
料理文化を知るヒントとしてのインド映画、今回取り上げるのは2020年にNetflixで配信された『マスカ~夢と幸せの味』(原題:Maska)である。
ムンバイには「イラーニー・カフェ」というイランをルーツに持つ人々が経営する、独特の雰囲気を放つ軽飲食店が存在する。イランをルーツに持つ人々のうち、19世紀末から20世紀初頭にかけてインドに移住してきたイラン系移民を、それより古い時代にインドに移り住んでいたパールシーと区別してイラーニーと呼ぶ。このイラーニーたちにはゾロアスター教徒だけではなくシーア派のイスラーム教徒も含まれていた。ただ飲食業として提供するメニューには厳密な区分けはなく、イラーニーが経営する店であっても後述するようなパールシー料理を提供するところはある。
イラーニー・カフェは19世紀後半から20世紀初頭に登場しはじめ、1960年代には最盛期を迎え、現在は後継者問題に直面している。若者の集客に苦戦する一方、中高年層を中心に根強いファンは多い。ノスタルジーへの執着と押し寄せる新しい時代との折り合いが本作品の重要なテーマである。

典型的なムンバイのイラーニー・カフェ

イラーニー・カフェの内装
表面上は明快なラブコメ青春映画と見せかけて、その歴史、料理、独特の美学で彩られた室内装飾、ステレオタイプな経営者像、はては後継者問題にまでフォーカスしている点で、事実上の主役はイラーニー・カフェであるといっていい。イラーニー・カフェを題材にしたドキュメンタリー映画は存在するが、本作はフィクションであることでドキュメンタリーでは描き切れない細部にまで自然にスポットを当てている。イラーニー・カフェ入門としては打ってつけの映画だといえよう。
舞台はムンバイ南部のコラバ(Colaba)地区にある「カフェ・ルスタム」という1920年創業の架空の老舗イラーニー・カフェ。店名の「ルスタム」とは創業者の名前であると共に、もともとはサーサーン朝ペルシア時代に書かれたイラン最大の叙事詩『シャー・ナーメ/王書』(日本語訳も出版されている)に登場する英雄の名に由来する。
主人公ルミ(プリート・カマーニー)は、この三代続くカフェの一人息子でパールシーである。過保護な母ダイアナ(マニーシャー・コイララ)は高校を出たら家業のカフェを継いでくれるものと信じているが、映画スターを夢見るルミは演劇学校に進んでしまう。時おり、先代の頃から働いているムスリムの職人ハッサンと共に店の厨房を手伝う程度だ。冒頭のパートでは、そんなルミがタイトルにもなっている「バン・マスカ」を作るシーンが挿入される。
バン・マスカのバンとは英語のBun、つまり丸パンを指す。ハンバーガーのバンズの単数形だ。これにマスカと呼ばれる発酵バターを塗る。このきわめて簡単な料理が、イラーニー・カフェのシグネチャー・メニューとなっている。

バン・マスカ
実在のイラーニー・カフェで、バンやマスカまで自社製造しているところは多くない。通常、バンは業者から仕入れる。カフェ・ルスタムでも卸業者から仕入れていることが、バンが個別包装されているシーンから伺える。またマスカも同様で、これも自社製造しているカフェはほとんどない。つまりマスカもバンも基本的には外注なのだ。
このマスカはペルシア語由来でバターを意味する。ただ現代イランではバターを指す言葉は「カッレ(kareh)」であり、マスカと呼ばれることはほぼないという。
マスカという言葉はほかにウルドゥー語やダキニー語、ダリー語にも存在するが、アフガニスタン出身のタジク人に聞くと「昔は作っていたが、今は見なくなった」という。つまり現代の工業製品としてのバターではなく、かつて一般的だった自家製バターを意味する言葉なのだ。今や本場でも作られなくなった、自家製バターを意味するマスカの語は、おそらくカフェの創始者たちがイランからインドに移住した頃にはまだ一般的な言葉だったのだろう。
マスカの製法は北インドにおけるマッカン(古来の製法で作られた発酵バター)とほぼ同じであり、実際にカーンプル、ラクナウなどウッタル・プラデーシュ州の都市ではバン・マスカではなく「バン・マッカン」と呼ばれることから、マスカ呼称はムンバイ・プネー、およびハイダラーバードのイラーニー・カフェでのみ使用される特殊な用語と考えていいのかもしれない。
「はやく息子にバン・マスカ職人を継がせなきゃ」と二言目にはいうダイアナ。実際には職人兼オーナーだろう。インドの老舗食堂というと、オーナーが客席を見渡せる会計カウンターにデンと座り、厨房仕事は職人たちにまかせるのが一般的だ。だがイラーニー・カフェの場合、たとえオーナーであっても、いざという時は厨房に入り調理をこなせる人だとムンバイ人には見られている。カフェが元来、小規模な家族ビジネスとしてスタートしたからかもしれない。
母の心配をよそに、ルミは演劇学校で知り合ったパンジャーブ出身のヒンドゥー教徒、マリカと恋仲になる。母にも紹介するが、異教徒でバツイチの彼女との交際に母は猛反対。ルミは家出して彼女と同棲をはじめる。
彼らパールシーの信仰するゾロアスターの教義では、異教徒と結婚した場合の扱いに男女差がある。パールシー男性が異教徒と結婚した場合、出来た子供もゾロアスター教徒として認められる。一方、パールシー女性が異教徒と結婚した場合はそうはならならない。食のタブーは少ないが(とはいえインド化してベジタリアンになったパールシーも存在する)、婚姻や礼拝などに関しては排他的で、これがパールシーの人口減、ひいてはカフェの後継者不足の遠因にもなっている。
同棲中のアパートの台所で、ルミが作るのがサリー・キーマ。サリーとはせん切りのジャガイモを揚げた、いわゆるフライドポテトで、それをキーマ(ひき肉)の具材と合わせたものだ。パールシー料理はこのサリーを多用する。サリー・ボティという有名な羊肉料理があるが、これにもトマトと共にサリーがたっぷり使われる。

サリー・ボティ
キーマカレーはもはや日本でもなじみ深いインド料理となった。ただインドのキーマ料理は幅広く、たとえばイラーニー・カフェのキーマはトマトを多用するが、同じムンバイでもトマトを使わないムスリム式カフェのレシピもある。当然、味もまったく違う。ただいずれのキーマも朝食として出される点では共通している。そう、ムンバイではキーマは定番朝食のひとつなのである。
このキーマに合わせるのは通常、バンではなくパウ(Pav)である。バン・マスカのバンがイギリス由来であるのに対し、パウはゴア周辺を支配したポルトガルの影響で広まった(そもそもパウの語源はポルトガル語である)。さらにパウよりも皮の硬いブルン(Brun)も存在する。これも語源はポルトガル語である。つまりムンバイには、イギリス由来のバンとポルトガル由来のパウとブルン、さらに食パンに相当するスライスブレッドなど複数のパンが存在する。インドにおけるパンの多様性を考える上でも避けて通れない街だといえよう。

イラーニー・カフェのキーマ・パウ
忠実に再現されたカフェ
「イスは先代が輸入したポーランド製よ」とダイアナは自慢する。カフェの内装は当然セットだが、であるがゆえに構造体としてのイラーニー・カフェの特徴をわかりやすくわれわれに提示する。その小道具の一つが、母ご自慢の曲木加工されたイス(=ベントウッドチェア)である。ウィーンのトーネット社によって1850年に開発された曲木のイスは、19世紀後半世界中に広まった。欧米風を売りにした黎明期のイラーニー・カフェにもこの流行りの家具がいち早く導入された。
イラーニー・カフェを象徴する小道具としてはほかに、床のツートンカラーの格子模様、チェック柄のクロスが敷かれたテーブル、壁面に貼られた鏡、ステンドグラスの窓かざりなど。店による差はあるが、共通する「イラーニー・カフェ・スタイル」と呼ぶべき確たる様式美が存在する。ちなみにルスタム・カフェの内装や外観はフォート地区にあるKyani & Co.やBritannia & Co.という、現存するイラーニー・カフェの造作をモデルにしているようだ。
オーディションを受けては落とされるルミ。そんなある日、「スポンサーとして金を払えば主役になれる」という話が舞い込む。ルミはカフェの売却を思いつく。それを知って失望する母。母だけでない。閉店を知った常連客の一人一人が自分とルスタムとの大切な思い出を語りかける。売却のサインこそしたものの、揺れ動くルミの心。
ここで描かれるのは、現在のイラーニー・カフェをとり巻く状況である。いまやインドは空前のカフェブーム。スターバックスなどの外資系からブルートーカイのようなサードウエーブ系まで軒を連ねる。複数のムンバイっ子に聞くと、彼らの多くが求めるのはラテアート入りのカフェが飲めるキラキラ空間なのだ。そんな若者の目にイラーニー・カフェは、「古くさい」、「バエない」、「中高年のたまり場」と映る。
カフェに集まることを「生きがい」にしてくれている善良な常連客や母たちの思い。解体業者によってルスタム・カフェの看板が外され、売却後に入る新興カフェチェーンの看板にすげ替えようとしたその時、ルミは大きな決断する。

Kyani & Co.

Britannia & Company
食べられるお店
そんなイラーニー・カフェの名物料理を日本でも味わえるのが、世田谷区桜新町にある砂の岬である。オーナーの鈴木克明さん・有紀さんご夫妻はムンバイやプネーの古いイラーニー・カフェに足しげく通い、作中に登場するバン・マスカやキーマ、サリー・ボティといったシグネチャー・メニューをきわめて高い解像度で再現し提供している。バンやパウは自社のオーブンで焼き、マスカまで手作りする熱の入れようだ(要予約)。

砂の岬のバン・バタージャム

砂の岬のキーマ・パウ
※本文中の写真は全て小林氏撮影&提供
著者プロフィール/アジアハンター小林
インド食器・調理器具専門の輸入販売業者。並行してインドの食文化に執筆活動も行う。著書に『日本の中のインド亜大陸食紀行』『日本のインド・ネパール料理店』『食べ歩くインド』『インドの台所』『深遠なるインドの料理の世界』など多数。
村山和之との共著『チャイの本』が現在予約受付中。
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