イスラーム映画祭とインド映画/藤本高之

「イスラーム映画祭」を主宰した藤本高之氏による、同映画祭で上映されたインド映画をめぐる寄稿をお届けします。イスラームとインド映画が交差する作品群について、その魅力や上映時の反響を交えながら語っていただきました。
インド映画タイムズ 2026.05.23
誰でも

 「イスラーム映画祭」は、2015年から2025年まで、東京・名古屋・神戸の3都市にて開催されていた映画の特集イベントです。


 アラブ諸国が多くを占める中東や北アフリカ、トルコやイランが位置する西アジア、ソ連時代に宗教が抑圧されていた中央アジア、あるいはかつて一つの国だったインドとパキスタンとバングラデシュを含む南アジアや、2億人以上のムスリム(イスラーム教徒)が暮らすインドネシアを中心とする東南アジアなど、「イスラーム」が広がっている国や地域を背景にした映画を10年間で102作品上映しました。つまりイスラーム映画祭は、イスラームという宗教そのものではなく、イスラームが根差す宗教文化圏をテーマにした映画祭です(そのため、「イスラーム映画祭」という名称には少なからぬ批判も受けてきました)。

 わたしは20代の頃、インドを北から南まで半年ほどかけて旅行したことがあります。インドといえば「ヒンドゥー教徒の国」と思われがちですが、インドには推定2億人近いムスリムが暮らしており(人口14億人のうちの約14%)、旅の途上、その昔はムガル帝国の拠点でもあった首都デリーをはじめ、ハイダラーバード(テランガーナ州)やアフマダーバード(グジャラート州)、後述するインド南西のケーララ州などムスリムが多い街や地域をいくつも訪れました。

 また、わたしがインド映画に“目覚めた”のは、1992年にウッタル・プラデーシュ州のアヨーディヤーで、暴徒化したヒンドゥー教徒の集団がムガル帝国時代のモスクを破壊した事件をモチーフに、ムスリム女性とヒンドゥー教徒男性とのロマンスを描いたマニラトナム監督の名作『ボンベイ〔Bombay〕』(1995)です。それらの経緯もあって、イスラーム映画祭ではインド映画も取り上げたいと企画の当初から考えていました。

 結果、10年間で8作品のインド映画を取り上げましたが、数は少ないながらも、現地を訪ねるだけでは充分には分からなかった大国インドの多様さや、「インド映画」のレベルの高さをあらためて実感する作品をセレクトできたと自負しています。本稿では、その8作品を上映当時の記憶とともに振り返ってみたいと思います。

藤本高之氏(元町映画館にて撮影)

藤本高之氏(元町映画館にて撮影)

ムガル帝国の面影を遺す街を舞台にした悲恋メロドラマと、コミュナリズムを題材にした珠玉のラブストーリー

イスラーム映画祭2

イスラーム映画祭2

 2017年開催のイスラーム映画祭2で初めてインド映画を取り上げ、2作品を上映しました。映画祭初期の頃は、本邦未公開の新作に日本語字幕を付けて上映するほどの予算的実力はなかったため、過去に国内の他の映画祭などで上映され、日本語字幕が既存する作品を再発掘して上映にこぎ着けました。

 一つは、2001年に国際交流基金により開催され大反響を呼んだ、インド映画の往年の名監督にして俳優グル・ダット(1925-64)の主要作品を網羅した「インド映画の奇跡 グル・ダットの全貌」で上映されたうちの1本、『十四夜の月〔Chaudhvin Ka Chand〕』(1960)です。16〜17世紀にインド=イスラーム文化が花開いた、ムガル帝国時代の歴史的建造物が今も遺るウッタル・プラデーシュ州の州都ラクナウが舞台の悲恋メロドラマです。南アジアのムスリムコミュニティに見られる、女性を男性から隔離する古典的風習「パルダ」が引き起こす男性二人と女性一人の三角関係を描いています。

 もう一つは、2020年に終了したアジア映画の祭典、アジアフォーカス・福岡国際映画祭で2003年に上映された『ミスター&ミセス・アイヤル〔Mr. and Mrs. Iyar〕』(2002)です。

 バラモンに属するヒンドゥー教徒のタミル人女性と、ムスリムのベンガル人男性が、ヒンドゥー教徒によるムスリムを狙った暴動から身を守るために“偽りの夫婦”を装って束の間の旅を続けるうちに、互いの出自や宗教の差を越えて惹かれ合ってゆく姿を描いています。インドにおいて、とくにムスリムとヒンドゥー教徒との対立を意味する「コミュナリズム」を扱った深刻な作品ですが、アパルナ・セーン監督の繊細な演出によって上質のラブストーリーにも仕上がっているのが特徴です。

 『十四夜の月』はイスラーム映画祭2の当時、国際交流基金が日本語字幕付きの35mmフィルムをまだ保管していたためそれを拝借して上映することができたのですが(現在は不明)、一方の『ミスター&ミセス・アイヤル』は同じく日本語字幕付きフィルムを持っている福岡総合図書館が民間にはフィルムを貸し出さないという方針だったため、やむなくインドで2、3種類発売されている本作のDVDをすべて入手し、それらのうちから最も画質が良いもの(スクリーンに映して視聴に耐えられるもの)を選んで上映に使用するという苦肉の策をとりました。今だから告白できる話です。

1947年、印パ分離独立の禍根を描いた文芸映画

 『ミスター&ミセス・アイヤル』が題材とするコミュナリズムは、インドの近現代史を通じて少しずつ形成されていったものですが、その帰結としてイギリスの統治下で一つの国だったインドは、1947年にヒンドゥー教徒がマジョリティの国であるインドと、ムスリムの国であるパキスタンに分かれて独立することになりました。

 2018年のイスラーム映画祭3では、分離独立後にタージ・マハルがあるアーグラーに留まったあるムスリム一家の悲劇を描く文芸映画の名作で、日本では1988年の大インド映画祭で初紹介された『熱風〔Garm Hava〕』(1973)を上映しました。本作は2007年にも、東京国立近代美術館フィルムセンター(現:国立映画アーカイブ)が開催した、「日印交流年  インド映画の輝き」で上映されています。

 『熱風』の上映素材についてはフィルムセンターから拝借し、上映権については当時87歳だったM.S.サティユ監督ご本人(現在95歳でご存命)と直接コンタクトをとって許諾を得るという手順を踏みました。短い英文のメールからでも知性とやわらかな物腰が伝わってきて、感銘を受けたのを憶えています。

 ちなみにサティユ監督が出演している、分離独立で離れ離れになったままそれぞれの国で育ち暮らしてきた二人の老人が、グーグルサーチを駆使した孫たちの尽力で数十年ぶりに再会するというドラマを描いたGoogle IndiaのCMが今もYouTubeで見られます。

ケーララ州発のマラヤーラム語映画

イスラーム映画祭3

イスラーム映画祭3

 『熱風』と合わせ、イスラーム映画祭3ではケーララ州で製作されたマラヤーラム語映画『アブ、アダムの息子〔Adaminte Makan Abu〕』(2011)も上映しました。本作は、インドの映画事情に精通するある日本の映画業界の方からレコメンドいただいた作品で、これよりマラヤーラム語映画の上映が3作品続きます。そして本作以降に上映するインド映画は、後述の『ハーミド〜カシミールの少年』をのぞきすべて本邦初公開となり、映画祭オリジナルで日本語字幕を付けました(翻訳はすべて藤井美佳さん)。

 『アブ、アダムの息子』は、マラバール海岸沿いの農村に住む敬虔なムスリムの老夫婦が、サウジアラビアにあるイスラーム最大の聖地マッカへの巡礼(ハッジ)の費用をつくるために、つましい暮らしを送る姿を美しい映像と音楽で描いた作品です。

 大陸経由とは別に、7世紀の中頃にアラビア半島からアラビア海を渡って独自にイスラームが伝わったとされるケーララ州には、ヒンドゥー教徒のほかにムスリムもインド全体の割合と比較すればかなり多く住んでいます。わたしが訪れたケーララ州のコチでも、ヒンドゥー教徒の寺院と並び、イスラームのモスクだけではなく、ユダヤ教のシナゴーグやキリスト教の教会も点在するまさしく多宗教共存の風景が見られました。

 本作の上映では、先述の映画業界の方を通じてサリーム・アフマド監督の来日舞台挨拶が実現したのも良い思い出です。イベント終了後、東京都大田区にある南インド料理専門店「ケララの風Ⅱ」(現:「ケララの風 モーニング」)で食事もご一緒しました。日本までの渡航費は自前で持っていただき、国内での移動費と宿泊費を上映料の代わりとして支払いました。

 2本目のマラヤーラム語映画は、2019年のイスラーム映画祭4で上映した『ナイジェリアのスーダンさん〔Sudani from Nigeria〕』(2018)という、『アブ、アダムの息子』とはうってかわったコメディ映画です。

 ここからの5本はすべて、インドやタイの映画会社との交渉により上映権をクリアしました。上映素材についても本国からブルーレイを送ってもらったり、あるいは2020年頃からは無料の大容量データファイル転送サービスでのやり取りも主流になりましたので、映画の上映そのものがずっとスムーズになったという印象があります。上映料についても、インド映画はたとえばヨーロッパが著作権元の映画に較べれば安かったので(あくまでイスラーム映画祭の場合ですが)、以降インド映画の上映でそれほどの苦労をしたという記憶はありません(2022年から急に進み始めた“円安”という要因をのぞけば)。

 『ナイジェリアのスーダンさん』は、ケーララ州でインドの国民的スポーツであるクリケットと肩を並べるほど人気がある7人制サッカー(ブラジル発祥のものとは異なります)をとっかかりに、あるサッカーチームのマネジャーを務めるムスリムの主人公と、ナイジェリアから招聘されたキリスト教徒のサッカー選手との交流を軸にした物語がユーモラスに語られる作品です。選手がチームのファンからナイジェリアとスーダンをごっちゃにしてあだ名されるところから、コミカルなタイトルが付けられています。

 本作は批評的にも興行的にも成功し、本作がデビューのザカリア監督は、インド最大の映画賞であるナショナル・フィルム・アワードで最優秀マラヤーラム語長編映画賞を受賞する栄誉を得ました。しかし彼は、ムスリムを排除する法案として2019年に制定され、大規模な抗議デモを引き起こした、インド市民権改正法への抗議表明として授賞式をボイコットしています。

 3本目は、南インド映画のスター俳優マンムーティを父に持ち、自身もマラヤーラム語映画のトップスターであるドゥルカル・サルマーンが2013年に主演した、『青い空、碧の海、真っ赤な大地〔Neelakasham Pachakadal Chuvanna Bhoomi〕』です。実は、イスラーム映画祭4の頃からドゥルカルが本作の前年に主演した『ウスタード・ホテル〔Ustad Hotel〕』(2012)の上映を考えていましたが、インディアンムービーウィーク2019で上映されたため、本作を選び、2021年のイスラーム映画祭6で初公開したという経緯があります。

 本作の魅力は、ドラマの骨子がケーララからインド北東のナガランド州まで、28あるインド全州のうちの7つをまたぎ、9つの言語が交差する壮大なロードムービーであるという点です。ケーララのムスリム青年がある日突然いなくなったナガランド出身の恋人を追い、キリスト教徒の親友とともにロイヤル・エンフィールドに乗って旅をするという物語には、多民族・多言語・多宗教国家ゆえのインドの複雑な歴史が背景として託されています。撮影当時20代だったドゥルカルと親友役のサニー・ウェインの爽やかな好演も相まって、青春ものとして楽しめる1本です。

 旅行など移動が難しかったコロナ禍最盛期の頃の上映だったこともあり、座席制限をかけていたとはいえ、トークイベント付きの回はチケットが発売開始5分で完売する盛況だったことを憶えています。本作は2022年のイスラーム映画祭7でもアンコール上映しました。

「カシミール」をインド側から見た映画と、カシミール側から見た映画

イスラーム映画祭10

イスラーム映画祭10

 2024年のイスラーム映画祭9と2025年のイスラーム映画祭10では、1947年の分離独立以来、その帰属をめぐってインドとパキスタンの対立の要因となっている、インド北部の「カシミール」が舞台の作品を上映しました。インドの実効支配下にあるカシミール渓谷を含むジャンムー・カシミールにはかつて自治権が与えられていましたが、2019年8月にインド政府は自治権を剥奪、現在は連邦政府直轄領となっています。

 イスラーム映画祭9で上映した『ハーミド〜カシミールの少年〔Hamid〕』(2018)は、当地が自治州だった最後の頃につくられた作品です。もとは東京外国語大学のTUFS Cinemaという企画で、本作の字幕翻訳をされた藤井美佳さんの主催により2023年に初上映されました。イスラーム映画祭9はかねてからの円安の煽りで開催じたいが危うかったため、実はTUFS Cinemaの折に上映素材について藤井さんのお手伝いをしていたこともあり、コストを抑えるべくスライドして上映したのでした。

 しかし、父親が失踪した7歳のムスリム少年と、カシミールに派遣されたインド治安部隊兵士とのひょんなきっかけで始まった電話での交流を基本的にカシミールとは無縁の製作者が描いた本作には、カシミールについて偏見に充ちた表現も散見されるため、イスラーム映画祭ではそこをあえてフォーカス。カシミール研究者の拓徹さんに「『ハーミド』の嘘と真実:ボリウッド映画にとっての「カシミール」」と題した論考を公式パンフレットに寄稿していただき大きな反響を得ました。

 その反響を踏まえイスラーム映画祭10で上映したのが、『ハーミド』とは正反対にカシミール出身の製作者によってつくられた、『カシミール 冬の裏側〔Maagh〕』(2022)という作品です。俳優としても活躍するアーミル・バシール監督の第2作目である本作は、インド軍によって強制失踪させられた夫の行方を捜し求める女性を主人公に、長年インド政府の抑圧下にあるカシミールの現実を現地における分断も踏まえたうえで緻密に描いています。そのためか、本作はインド国内の映画市場やメディアではほとんど取り上げられておらず、世界セールスを担当しているのもタイの映画会社です。

 実はイスラーム映画祭10ではもう1本、カシミール問題をシェイクスピアの『ハムレット』に落とし込んだヴィシャール・バールドワージ監督の『Haider〔ハイダル〕』(2014・未)も上映したかったのですが、それほど古い作品ではないにもかかわらず著作権を管理しているインドの代理店がどうしても見つからず、またバールドワージ監督本人に直接コンタクトすることも叶わなかったため、泣く泣く諦めざるをえませんでした。

 それならばと、さらに実はもう1本上映の可能性を探ったのが、冒頭に記したわたしがインド映画に目覚めるきっかけとなった『ボンベイ』です。本作は『ナイジェリアのスーダンさん』や『青い空、碧の海、真っ赤な大地』の著作権元であるAP International Films(タミルナードゥ州チェンナイの会社)によってデジタルリマスターされていたため上映の可否について交渉を重ねたのですが、上映料の問題というより、上映素材が映画祭などの単発上映には極めてハードルの高い仕様のものだったため、こちらも諦めたという経緯があります。とはいえ、AP Internationalの担当者はいろいろと相談に乗ってくれました。

***

 以上、イスラーム映画祭で取り上げた8作品のインド映画を駆け足で振り返ってきました。上映にまつわる裏話めいたことも書きましたが、インド映画はヨーロッパやアメリカの映画と同じく配給網が世界レベルで大きいためアクセスが難しいなど上映のハードルが高いということは特別になく、むしろ上映しやすいというのがあくまで個人的な印象です。そしてそれが、昨今次から次へと新作が公開され盛り上がり続けているインド映画ブームを後押ししているのではないかと思っています。

 なお、イスラーム映画祭では『イスラーム映画祭アーカイブ』と題した公式パンフレットを第5回目の2020年より毎年制作してきましたが、このほどその全6冊を1冊にまとめた書籍『イスラーム映画祭エンサイクロペディア』(Type Slowly)を刊行しました。本書にも8作品の解説が載っているほか、先述の拓徹さんの論考および2名の識者による印パの分離独立やマラヤーラム語映画についてのコラムが掲載されています。ぜひ、ご一読ください。

イスラーム映画祭エンサイクロペディア

イスラーム映画祭エンサイクロペディア

関連リンク

6月20日に元町映画館(神戸)にて、イスラーム映画祭10で好評を博した『カシミール 冬の裏側』の上映が予定されております。

イスラーム映画祭 2015 - 2025
@islamicff
🎥『カシミール 冬の裏側』特別上映@元町映画館のお知らせ🎥

6/6東京封切、そして6/20神戸でも始まるドキュメンタリー映画『わたしの聖なるインド』の公開を記念し、劇場一般未公開のインド映画『カシミール 冬の裏側』を上映いたします。6/20限定です。



14:00 わたしの聖なるインド

15:40 冬の裏側
2026/05/15 19:00
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