ヒンディー語映画の凱旋(高倉嘉男)

インド映画研究家の高倉嘉男氏による近年のヒンディー語映画動向に関する記事をお届けいたします。
インド映画タイムズ 2026.02.28
誰でも

2025年末に公開されたヒンディー語映画『Dhurandhar〔偉丈夫〕』の勢いが止まらない。パキスタンに潜入し、テロリストに武器を調達する現地マフィア組織の一員になったエージェントが主人公の、硬派なスパイ・ギャング・アクション映画だが、過激な暴力描写から中央映画認証局(CBFC)によってA認証(18歳未満閲覧禁止)に指定された作品であるにもかかわらず、公開直後からクチコミがクチコミを呼び、チケット売上が右肩上がりで急増して、驚異的なロングランヒットに化けた。年明けには興行収入がヒンディー語映画歴代1位に躍り出た。この映画は2部構成であり、現在インドでは2026年3月19日に予定されている第2部『Dhurandhar: The Revenge』の話題で持ちきりだ。第1部が打ち立てた空前の記録を第2部がさらに塗り替えることは必至だと期待されている。この異常な盛り上がりは『バーフバリ 王の凱旋』(17)公開前を想起させる。

さて、『Dhurandhar』のこの規格外の成功は、ヒンディー語映画業界にとって単なる大ヒット以上の意義を持っている。実は『Dhurandhar』出現前まで、歴代1位の興行収入を上げたヒンディー語映画は厳密にいえばヒンディー語映画ではなかった。2026年初頭に日本でも劇場一般公開されたテルグ語映画『プシュパ 君臨』(24)のヒンディー語吹替版が、吹替版であるにもかかわらず、およそ1年間、ヒンディー語映画興収トップの座に居座っていたのである。ヒンディー語映画業界にとって屈辱的なこの異常事態は、コロナ禍から始まったヒンディー語映画低迷期を象徴する事件であり、業界内部には、「『プシュパ 君臨』を超えるヒット作を作れるはずがない」と諦めモードが漂っていた。それを『Dhurandhar』は払拭し、正真正銘のヒンディー語映画がトップの座に返り咲いて名誉を回復したのだ。

ヒンディー語はインドの連邦公用語であり、インドの全人口の約4割が母語としている。学校で習ったり映画やテレビで聴いて覚えたりするなどして、第二言語としてヒンディー語を理解する人口はさらに多い。そのヒンディー語で作られたヒンディー語映画は、普通に考えれば、言語ごとに分散して発展したインドの各映画産業の中でも最大の市場を抱えるはずであり、それゆえに多額の予算を掛けた大規模な作品作りもしやすく、その絶対的な優位性はインド映画の黎明期から揺るいだことがなかった。ヒンディー語映画はインド映画のデファクトスタンダードとして長年君臨し、国際舞台ではインド映画の代表を生得の権利のように気取ってきたのだった。

過去20年ほどのインド国内興行収入上位作品をざっと見渡してみてもヒンディー語映画で埋め尽くされている。2005年にはタミル語映画『チャンドラムキ 踊る!アメリカ帰りのゴーストバスター』(05)、2010年にはタミル語映画『ロボット』(10)がトップに躍り出るなど、たまにヒンディー語映画以外の作品が上位に食い込むことはあったが、それは甲子園に常連校以外の学校が運良く出場するようなもので、「珍事」として扱われてきた。しょせん、ヒンディー語映画以外のインド映画は「リージョナル(地方)」映画であり、いわば田舎で田舎者が地元ネタを肴にして騒いでいる程度の認識しかなかった。インド全土で大ヒットした『バーフバリ 王の凱旋』はヒンディー語映画界にも一定のインパクトを残したが、まだこれも「突然変異」扱いすることができた。ヒンディー語映画の覇権は少しも揺るいでいないかのように思われていたのである。

状況が一変したのは2020年代に入ってからだ。2022年のインド国内興行収入トップ5(海外映画含む)を見てほしい。

 1.         K.G.F: CHAPTER 2(カンナダ語)

 2.         RRR(テルグ語)

 3.         アバター: ウェイ・オブ・ウォーター(米国)

 4.         Kantara〔カーンターラー〕(カンナダ語)

 5.         PS1 黄金の河(タミル語)

カンヌ映画祭「FOCUS 2023」

なんと、トップ5にヒンディー語映画が一本も入っていない。これはおそらくインド映画始まって以来の異常事態であり、ヒンディー語映画の不振はもはや誰も否定できなくなった。「ボリウッドの終焉」を口にする者もいたほどだ。

2023年には、「キング」の異名を持つシャー・ルク・カーンの奮闘もあって、『PATHAAN/パターン』『JAWAN/ジャワーン』が大ヒットし、ヒンディー語映画が盛り返したものの、翌2024年には『プシュパ 君臨』、『カルキ 2898-AD』『デーヴァラ』といったパワフルなテルグ語映画群が次々に押し寄せてきて上位を独占し、再びヒンディー語映画界は防戦一方となった。『プシュパ 君臨』のヒンディー語吹替版がヒンディー語映画として歴代1位の興行収入を上げるほどの記録的大ヒットになったことは既に述べた通りである。

過去数年間、ヒンディー語映画不振の理由はさまざまな角度から分析されてきた。それは、世界的な潮流とインド特有の国内事情に二分されるだろう。

世界的な潮流とは、OTT(動画配信)プラットフォームの普及と新型コロナウイルス感染拡大の相乗効果が引き起こした娯楽業界の構造変化だ。2020年以降、コロナ禍による度重なるロックダウンを経て、世界中の人々は映画館ではなくOTTを利用して自宅で映画を楽しむ癖を付けてしまい、コロナ禍が明けた後も映画館の客足はなかなか回復しなかった。この効果はボディーブローのように現在まで持続しており、米国や韓国などから映画業界の空洞化が報告されつつある。

インドでも2010年代から数々のOTTプラットフォームが生まれ、群雄割拠状態にあった。それがコロナ禍中に一気に浸透し、統廃合を繰り返しながら巨大化した。この新しい変化にもっとも影響を受けたのがヒンディー語映画だった。

21世紀に入ってからヒンディー語映画は、当時急速に拡大しつつあったマルチプレックス(シネコン)の需要にいち早く対応し、マルチプレックスで映画を日常的に楽しむクラス(インテリ)層向けに国際的なアピール力のある洗練された作品を次々に送り出すようになった。それは、インド映画の最大の特徴であった歌と踊りや、スター中心の映画作り、いわゆる「スターシステム」への依存を低める動きにもつながった。その代償として、マス(大衆)向けの娯楽映画が疎かになり、マス層のヒンディー語映画離れが進んだ。

また、2010年代以降、2012年のデリー集団強姦事件の余波もあって、ヒンディー語映画界は、男尊女卑や家父長制への批判を使命とし、男性に従属せず人生を自己決定する自立した女性を礼賛する女性中心映画に注力した。これも、主に男性で構成されるマス層の反感を買った。

彼らが向かった先は、昔ながらの男性中心主義を貫き、マス向けの娯楽映画作りを続けてきたテルグ語映画であった。『バーフバリ』シリーズ(15/17)の全インド的成功を見て、テルグ語映画界は「汎インド映画」を謳ってヒンディー語吹替版を含む多言語展開を積極化した。市場が拡大したことで製作費回収能力も増大し、ヒンディー語映画顔負けの多額の予算を投じた作品も製作可能になって、ますますパワフルな作品作りに全力を傾けるようになった。これが北インドのマス層にも拍手喝采で迎え入れられたのである。かつて地域限定の「ご当地ヒーロー」止まりだった南インド映画界のスターたちは、汎インド映画の波に乗って次々に全インド的な知名度を獲得するに至っている。この動きにカンナダ語映画やタミル語映画も追随し、ますますヒンディー語映画の覇権が危うくなった。

ヒンディー語映画が得意としてきたクラス向け映画は、映画館よりもOTTプラットフォームと相性が良かったことも、ヒンディー語映画の不振を増幅した。映画館ならではの体験はやはり大衆娯楽映画の方に圧倒的に分がある。脚本重視の地味な映画なら、映画館で観なくてもOTTで観れば十分だという認識が人々の間に広まった。コロナ禍が明けると南インド映画は早々に映画館に観客を取り戻したが、ヒンディー語映画の復調には時間が掛かった。ちなみに、インドでは映画の封切りからOTT配信までの時間が短く、早ければ公開1ヶ月後にはOTTで配信されてしまう。映画館をバイパスしてダイレクトにOTTプラットフォームで配信される映画も増えた。

もしインドにヒンディー語映画しかなかったら、コロナ禍とOTTのダブルパンチにインド映画産業も耐えられなかったかもしれない。だが、幸いなことにインド特有の事情として、国内に多種多様な映画産業が並立していた。ヒンディー語映画の不足分を南インド映画が補完し、映画産業の危機を乗り越えることに成功した。そして今、ヒンディー語映画もようやく本来の持ち分を取り戻しつつあるのである。

インド映画産業にとっての2025年は、過去最高となる1,300億ルピー以上の総興行収入を記録した豊作の年になった。海外を含めた興行収入を基準にしたトップ10(インド映画のみ)は以下の通りである。

1.         Dhurandhar(ヒンディー語)

2.         Kantara: A Legend – Chapter 1(カンナダ語)

3.         Chhaava(ヒンディー語)

4.         Saiyaara(ヒンディー語)

5.         Coolie(タミル語)

6.         WAR/バトル・オブ・フェイト(ヒンディー語)

7.         Mahavatar Narsimha(カンナダ語/ヒンディー語)

8.         Lokah Chapter 1: Chandra(マラヤーラム語)

9.         They Call Him OG(テルグ語)

10.       Housefull 5(ヒンディー語)

IMDB

特に注目すべきはそのバランスの良さだ。『Dhurandhar』を筆頭にヒンディー語映画が再び盛り返し活況を主導したかと思えば、カンナダ語映画『Kantara: A Legend - Chapter 1〔カーンターラー:伝説第1章〕』、タミル語映画『Coolie〔苦力〕』、マラヤーラム語映画『Lokah Chapter 1: Chandra〔ローカ第1章チャンドラ〕』、テルグ語映画『They Call Him OG〔OGと呼ばれる男〕』など、各言語から大ヒット作が生まれた。また、ジャンルにも偏りがない。アクション映画優勢の時代は続いているが、ヒンディー語映画『Saiyaara〔遊星〕』はロマンス映画、ヒンディー語映画『Chhaava〔獅子の子〕』は時代劇映画、カンナダ語とヒンディー語のハイブリッド映画『Mahavatar Narsimha〔大化身ナラシンハ〕』は3Dアニメーション映画であり、それぞれ成功を収めた。トップ10入りしていないものの、過去数年間インドの映画業界を席巻しているホラーコメディー映画の人気も持続している。百花繚乱という言葉がふさわしい。

ヒンディー語映画ファンとしてヒンディー語映画の復調は朗報なのだが、それでも気になっていたのは、ヒンディー語映画界の映画メーカーたちが南インドで成功しているフォーマットを安易に採り入れてヒットにつなげている節があることだ。アクション映画やバイオレンス映画への回帰はその最たるものである。ヒンディー語映画はそれらをとうの昔に放棄したはずだったが、ここに来て『ANIMAL』(23)などの暴力映画が支持を集め始めている。2000年代から2010年代を通してヒンディー語映画界は他の言語の映画産業に先駆けて果敢にインド映画の新しい形を模索してきた。その挑戦を支持してきた者の立場としては、南インド映画のスタイルの無批判な模倣は先祖返りに等しい現象で憂慮すべきものである。そういう意味で、2025年に観察されたロマンス映画復活の兆しを前向きに捉えていたところだった。そこへ『Dhurandhar』が来た。

『Dhurandhar』には『ANIMAL』に匹敵するグロテスクな描写が目白押しだ。だが、決して過激な描写で売っている映画ではなく、歌や踊りを含めたあらゆる要素が有機的にストーリーに溶け込み、暴力描写を受け入れながら映画世界に没入できる完成度の高い映画である。もはやライバルは南インド映画ではなく、ハリウッド映画をはじめとした世界の映画だ。コロナ禍に南インド映画に遅れを取ったように見えていたヒンディー語映画は、2025年に『Dhurandhar』によってインド映画の新しく力強い姿を提示したといえる。今度は南インド映画がヒンディー語映画にキャッチアップする番になったのではなかろうか。とりあえず今は、『Dhurandhar: The Revenge』の行方を見守りたい。

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