2025年のマラヤーラム語映画を振り返る

インド映画研究者の安宅直子氏による、2025年のマラヤーラム語映画振り返りをお届けします。
インド映画タイムズ 2026.01.24
誰でも

※本稿で言及するマラヤーラム語映画作品は、『ウスタード・ホテル』以外はすべて日本では未公開である。また、日本からアクセスできない配信サイトもあるため、一部には実見できずに現地のレビューなどの情報をもとに書いているもの、あるいはほかの言語への吹き替え版を鑑賞して書いているものも含まれている。

マラヤーラム語映画初とも言われる本格的汎インド映画『L2: Empuraan』

2025年はマラヤーラム語映画界にとって激動の年だった。先日のカンナダ語映画のレポートに書いた、突然のブロックバスター連打でカンナダ語映画が2022年に一気に全国区になったのと似た現象が、マラヤーラム語映画では『L2: Empuraan〔ルシファー2:至上の権力者〕』『Lokah Chapter 1: Chandra〔その者たち – 第1章:チャンドラ※〕』の2作品により起きたのだ。配信の普及により、マラヤーラム語の文芸的な良作が他の言語圏の観客にも認識されるようになる流れは以前からあったが、劇場公開の娯楽作品がこれほどにインド全体を席巻したのは初めてのことだ。

※『Lokah Chapter 1: Chandra〔その者たち – 第1章:チャンドラ〕』というタイトルの「Lokah」の意味は「人々」、「世界」など。後者から「人間界」と訳すこともできるし、近年はやりのユニバースもののニュアンスをそこに読み取ることも可能だろう。本稿では「They Live Among Us」というキャッチフレーズから前者の解釈をとった。
筆者注

まず、3月末公開の『L2: Empuraan』が、マラヤーラム語映画初ともいわれる(定義はあいまいだが)本格的な汎インド多言語リリースで大ヒットとなった。モーハンラール主演の本作は2019年のヒット作『Lucifer〔ルシファー〕』の続編。どちらも監督はプリトヴィラージ・スクマーラン。マラヤーラム語映画に良作の多いポリティカル・スリラーだった前作に対し、『L2』は形容に困る茫洋としたアクション大作で、プリトヴィラージが俳優として参加したテルグ語作品『SALAAR/サラール』(2023)で同作の監督プラシャーント・ニールから学んだものがはっきりと見て取れる。物語は前作の舞台だったケーララ州政界を飛び出し、神出鬼没の主人公スティーファン・ネドゥンパッリが、世界各国の諜報機関を凌駕する活躍をして、国際的な犯罪組織と対決する。また冒頭で2002年グジャラート州で起きた反ムスリムの暴動・虐殺を克明に描き、ヒンドゥー右翼陣営を刺激するなど、インド全体を舞台にしての話題にも事欠かなかった。ショッキングな暴力描写にメッセージを載せる手法は、2022年のヒンディー語作品『The Kashmir Files〔カシミール・ファイル〕』を思わせるもので、イデオロギー的に正反対の立場から同作に異議を唱えたとも受け取れる。12月のカンナダ語映画のレポートで『Kantara〔神話の森〕』(2002)とその続編について書いたのと同じく、『Lucifer』と『L2』の対比の中で、地方語作品が汎インド映画に変じた際に起きる質的変容をまざまざと見せつけられ、マラヤーラム語映画を長年追ってきた者として、隔絶・自足した小天地としての時代の終わりに立ち会った気持ちで悄然となった。

マラヤーラム語映画興収1位『Lokah Chapter 1: Chandra』

4月にはやはりモーハンラール主演の『Thudarum〔続く〕』がヒットした。こちらは古典的なリベンジ・スリラーで、撮影時点で64歳のモーハンラールの肉弾アクションが見る者を金縛りにする。監督は本作が3作目となる新進のタルン・ムールティ。

8月末の『Lokah Chapter 1: Chandra』もまた汎インド映画として多言語同時公開されたが、いろいろな意味で破格な作品である。マラヤーラム語のホラー作品中で繰り返し描かれてきた「ヤクシ」と称される吸血鬼を現代的なセンスでキャラクター・デザインしたスーパーヒーロー映画。製作は『ウスタード・ホテル』(2012)の俳優ドゥルカル・サルマーン。監督のドミニク・アルンは本作が長編劇映画2作目の新進。主演はあどけない顔立ちがチャームポイントのカリヤーニ・プリヤダルシャンで、主演男優の恋人役ではなく、正真正銘の女主人公である。汎インド映画はしばしば男性中心の作劇を批判されてきたが、ここにきて女性が主役の汎インド大ヒット作が生まれたのである。ヒンディー語作品『フライング・ジャット』(2016)の頃からインドでもスーパーヒーローものの人気が高まってきたが、女性が前面に出るものは初めて。伝統的には白いサリーにひざ下まで伸びた黒髪の肉感的な鬼女として造形されたヤクシだが、ここでは山地の部族の出身で、スタジャンを着て現代のベンガルールの街を駆ける童顔の女性となった。本作はユニバースの第1作で、「Chapter 5」まで予定されており、『アイディヒヤマーラ〔伝説の花輪〕』というケーララの古譚を集成した有名な書物に記されているその他の“人ならざる者たち”の物語が続くものと思われる。本作は2025年のマラヤーラム語映画の興収トップとなっただけでなく、インド映画全体でも世界興収第8位につける快挙となった。

若手の台頭が目立つマラヤーラム語映画

その他のヒット作には、ストリート・ファイトも含む格闘技映画『Alappuzha Gymkhana〔アーラップラのジム〕』、ホラーの巨匠となりつつあるラーフル・サダーシヴァン監督の『Diés Iraé〔怒りの日〕』、万年独身男の恋心を描く『Hridayapoorvam〔心の底から〕』、レトロな映画界内幕ドラマとクライムを一つにしたスリラー『Rekhachithram〔線描画〕』、性暴力とドラッグ汚染を扱う『Officer on Duty〔勤務中の警察官〕』などがある。興収から離れて批評家の評価が高かった作品には、小さな村の住人の隣人への好奇心の暴走を描く風刺劇『Avihitham〔不義〕』、美容室で働く女性のシスターフッドを見据える『Victoria〔ヴィクトリア〕』などがある。

2025年に急に始まったことではないが、10年ほど前までは熟年俳優たちがひしめき合っていたマラヤーラム語映画界に若い世代が台頭してきている。新進監督がむやみに多い(結果を出せなければすぐに消えていく)のは以前からある傾向だったが、若い演じ手がよい脚本に恵まれて主役の座に定着するのが目につく。筆頭といえるのは、『Premalu〔愛〕』(2024)でブレイクし、2025年も『Lokah Chapter 1: Chandra』、『Alappuzha Gymkhana』に出演したナスレンや、『Sumathi Valavu〔スマティのカーブ〕』のアルジュン・アショーカン『Eko〔木霊〕』サンディープ・プラディープなど。モーハンラールの息子、35歳のプラナヴ・モーハンラールは、『Hridayam〔心〕』(2022)や上記『Diés Iraé』などでやっとエンジンがかかった様子。スーパースターの息子であることの特権を、お膳立てされた鳴物入りヒーロー礼賛映画にではなく、いい脚本に会うまでゆっくり待つことに使ってきたような印象だ。一方で、南インドに時々ある、熟年の演じ手が彗星のように現れる現象も見られた。『Thudarum』で温厚を装いながら非道な暴力をためらわない悪役を演じたプラカーシュ・ヴァルマはこれまでは広告映像マンだった52歳。2025年度の各種の映画賞で最優秀悪役賞を多数獲得するだろう。また、スター然とはしていないが、個性的風貌と演技のセンスで観客を惹きつけるタイプの曲者たち、サウビン・シャーヒルベージル・ジョーゼフも変わらず活躍しており、特にベージルの主演したダーク・コメディー『Ponman〔金の男〕』は、ケーララ人のゴールドへのオブセッションへの風刺として高く評価された。

主な物故者は、『最後の舞』(1999)で知られる芸術映画の巨匠シャージ・N・カルン監督、性格俳優・脚本家として活躍したシュリーニヴァーサン

理由は不明ながら、2024~25年はマラヤーラム語映画のスターたちがプライベートで続々と日本を訪れた年でもあった。把握できているだけでモーハンラール、クンチャッコー・ボーバン、マンジュ・ワーリヤル、ショーバナ、ナヤンターラ、アイシュワリヤ・ラクシュミ、トヴィノ・トーマス、プリトヴィラージが日本の休日を楽しんだ。

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