踊るメロディ、響くストーリー ―インド映画音楽の世界―(3)/小尾淳
第2章 インド映画音楽の地域性(2)
第1章では、タミル語映画を中心に、特定のコミュニティや宗教的伝統に固有の音楽や楽器が文化的記号として機能する例を見てきた。第2章ではヒンディー語映画に視点を移し、音楽が作品の中でどのように強い地域性を発揮しているのか、「地域の音の風景」と「祖国へ逆輸入された音楽」「故郷の歌の力」という3つのトピックを通して、インド映画音楽の地域多様性を掘り下げていきたい。
地域の音の風景
まず、非公式で映画音楽アンケートを取った際に多くの方が挙げて下さった作品『バジュランギおじさんと、小さな迷子』(2015)の挿入歌“Bhar Do Jholi Meri”(私の願い満たしておくれ)[1]を例に取り上げたい。この曲はカウワーリー[2]というイスラームの集団歌謡をそのまま導入しており、主人公たちがパキスタンの聖者廟に訪れるシーンで流れる。オリジナル曲はパキスタンの著名グループ、サーブリー・ブラザーズによるもので、音楽監督プリータムが再構成を行った。
この場面では、登場人物たちは単にパキスタンという土地を通過するのではなく、カウワーリーの響きを通して、その土地に根づく信仰空間そのものに触れている。加えて、この曲では歌詞が登場人物たちの切実な心情とも重なり合うことで、土地の空気や感情までもを伝える秀逸なシーンとなっている。
専門楽師カウワールは、詩のメッセージを古典音楽調のメロディに乗せ朗々と歌い上げる。そのためには古典音楽の知識と圧倒的な声量を必要とする。歌い手として出演した アドナーン・サーミー・カーンは、実は有名なピアニストでもあり多彩に活躍している人物だ。古典音楽の技法は伝統楽器サントゥール[3]の巨匠パンディット・シヴクマール・シャルマーから薫陶を受けたという。
カウワーリーの基本の伴奏は北インドで最もポピュラーな二個一対の太鼓タブラー[4]と、鍵盤楽器ハルモニウム[5]だ。加えて、ターリーとよばれる独特の手拍子も欠かせない。映画でも修道者たちが両手を大きく開いて左右均等に打ち合わせている様子が見られ、実際の演奏では打楽器としての機能も果たしているという。これらの要素が一体となって生み出される神秘的な高揚感が、カウワーリーの魅力であろう。
さて、過去作品でもカウワーリーがこのような「音の風景」として用いられた例がある。『Fiza(フィザー)』(2000・未)の挿入歌“Piya Haji Ali”(慕わしき聖者ハージー・アリー)[6]だ。1992年から1993年にかけて起こったボンベイのコミュナル暴動をきっかけに、行方不明となった息子アマーン(リティク・ローシャン)の帰還を祈る母親は、海上に浮かぶハージー・アリー廟を訪れる。カウワーリーの歌詞「この扉から空手で帰った者はいない」「貧しい我らの願いをお聞きください」が母親の心情と重なり合う。
この曲を作曲し、歌手としても参加したA・R・ラフマーンは、音楽の霊的な空気感や祈りの力を映画音楽として再構成し、イスラーム歌謡の魅力を映画の観衆に伝えた功労者である。中でも『Jodhaa Akbar(ジョーダーとアクバル)』(2008・未)の“Khwaja Mere Khwaja”(私を導く聖者よ)[7]はラフマーンが作曲・歌唱したスーフィー聖者賛歌の中でも傑出している。彼自身がムスリムということもあり、もともとは映画用ではなく個人的な信仰から生まれた曲とされる。
祖国へ逆輸入された音楽
カウワーリーがイスラーム文化圏の神聖な空間を演出する「音の風景」だとすれば、ボリウッド映画音楽の定番、バングラー・ビートは「祖国へ逆輸入された音楽」である。パンジャーブ地方の農村で生まれた民謡が移民とともに海を渡り、異国で新たな姿へ変化したのち、ボリウッド映画でお馴染みのサウンドとなった。
パンジャーブは、インド北西部から現在のパキスタン東部に広がる地域だ。その名は「5つの川の地」を意味し、古くから豊かな農業地帯として栄えてきた。同地方はシク教発祥の地として知られ、現在もインド側のパンジャーブ州ではシク教徒が多数を占める。しかしパンジャーブ音楽は、シク教徒だけでなくヒンドゥー教徒やイスラーム教徒によっても共有されてきた地域文化である。その代表がバングラーであり、その音楽は力強いリズム、掛け合いの歌唱、祝祭的な高揚感を特徴としている。
バングラーの核となるのは、大型の太鼓ドールの力強いビートである。バチを使い、右側で低音、左側で高音を出す。これに一本弦の弦楽器トゥンビーを弾いた「チャンカチャンカ」という独特のメロディや棒状の金属製打楽器チムタの「シャンシャン」というリズム音が加わると、バングラー独特の高揚感が生み出される。ロンドンを舞台にパンジャーブ系の若者が登場する『ストリートダンサー』(2020)のプロモーション・ソング “Sip Sip 2.0”(一口飲んで)[8]でバングラー・ビートが使われているので、ぜひ聴いてみてほしい。思わず体が揺れるような、心地よいリズムのうねりやノリを感じられるだろう。
このサウンドがボリウッドへ進出したのは、農村からではなかった。その間には移民の歴史がある。1947年のインド・パキスタン分離独立によってパンジャーブは2つに分断され、多くの人々が故郷を離れた。その後も1960年代以降になると、戦後の労働力不足を背景に多くのパンジャーブ人が英国へ移住し、ロンドンのサウソールやバーミンガムに大規模なコミュニティを築いていく[9]。バングラーは、そうした移住の過程で故郷とのつながりを保つ音楽として演奏され続けた。
こうした移民1世に続く、ブリティッシュ・エイジアンの第2・第3世代の若者たちは、パンジャーブ人としてのアイデンティティを保持しながらも、英国で流行していたレゲエやヒップホップ、ダンスミュージックを聴いて成長した。彼らはこの2つの世界を掛け合わせ、「バングラー・ビート」と呼ばれる新しい音楽を創造する。伝統的なパンジャーブ音楽の旋律や歌唱法にクラブミュージックのテイストやシンセサイザーを組み合わせたそのサウンドは、複雑なアイデンティティの表現でもあった。彼らは伝統を守るだけでもなく、西洋に同化するだけでもなく、その両方を混ぜ合わせることで自分たちの文化を再創造したのである。
このサウンドはやがてカセットテープや衛星テレビを通じてインド本国へ逆輸入され、1990年代には空前のブームを巻き起こした。映画音楽以外のポップミュージック市場が急成長した時代でもあり、パンジャービー・テイストのダンスミュージックは都市部の若者文化を象徴する存在となった。
当時、その中心にいたのが、パンジャービー・ポップの王様とも呼ばれるダレル・メヘンディー(Daler Mehndi)である。1995年にリリースされた“Bolo Ta Ra Ra”(さあ歌おうタララ)、1998年の“Tunak Tunak Tun”(トゥナク・トゥナク・トゥン)は爆発的な人気を獲得し、パンジャービー・ポップスを全国区へ押し上げた。バングラーにダンスミュージックを掛け合わせたエネルギッシュなサウンドは、新しい時代の若者文化を象徴する存在となった。映画参加はボリウッドが中心だが、南インドでも『ヤマドンガ』(2007)の"Rabbaru Gajulu"(ゴムのブレスレット)[10]や『バーフバリ 王の凱旋』(2017)の“Saahore Baahubali”(バーフバリに栄光あれ)[11]で彼の力強い歌声を聴くことができる。
「故郷の歌の力」
こうしたパンジャーブ系ディアスポラ[12]文化の広がりは、音楽だけでなく、ボリウッド映画におけるNRI(Non-Resident Indian:在外インド人)[13]の描かれ方そのものを変化させていった。前述の『ストリートダンサー』(2020)より四半世紀さかのぼった1995年、同じくロンドンとパンジャーブを結びつけながら、ディアスポラの郷愁とアイデンティティを描いた作品が『DDLJ 勇者は花嫁を奪う』(1995)である(以下、DDLJ)。日本では1998年の東京ファンタスティック映画祭で初上映され、ヒロイン役のカジョールも舞台挨拶のため招聘された。筆者も客席で拝見したが、彼女が放つスター・オーラは今でも強く記憶に残っている。
あらすじは、次のようなものだ。ロンドンで暮らしていたシムラン(カジョール)は、間近に結婚を控えていた。相手は父親(アムリーシュ・プリー)の親しい友人の息子で、パンジャーブに住む、これまで一度も会ったことのない男性だった。伝統的な価値観を大切にする厳格な父に従い、彼女は家族のルーツであるインド・パンジャーブへ嫁ぐことになる。
この作品は、NRIを主人公として肯定的に描いた最初の大ヒット・ヒンディー語映画だという。それまで映画の中でNRIは、しばしば伝統を忘れた存在として描かれていた。しかしDDLJの登場人物たちはロンドンで育ちながらも故郷への愛着を失っていない。本作ではインド的価値観を守る存在として描かれ、多くのディアスポラの共感を集めた。
そのためか、DDLJでは当時流行していた、バングラー・ビートは用いられていない。むしろディアスポラと故郷を結ぶ感情の媒体として民謡風のサウンドを効果的に用いた。例えば、シムランの父親がロンドンのトラファルガー広場で鳩に餌をやりながら、パンジャーブの菜の花畑に思いを馳せる象徴的な場面がある。そこで流れる民謡風の“Ghar Aaja Pardesi”(帰っておいで、異郷にいる人よ)[14]は、NRIを必ず泣かせる曲とも言われている。
同作の監督アーディティヤ・チョープラーはこの曲について、プレイバックシンガーである母親(パメラ・チョープラー)が歌うことを最初から決めていたと語っている。「それ以前、私たちはパンジャーブ風の曲を一度も作ったことがありませんでした。母はパンジャーブ出身で、正しい旋律や楽器を教えてくれました。それが大きな助けになりました。」[15]
また、ラージ(シャー・ルク・カーン)がシムランの恋人であることを隠しながら、家族に好印象を与えていくミュージカルシーン“Mehndi Laga Ke Rakhna”(メヘンディーをつけておきなさい)[16]もパンジャーブ風である。同州出身のベテラン作詞家アーナンド・バクシーの詩が使われており、パンジャーブ語も交じっている。
なお、婚礼前に、植物の染料で手や足に模様を描く「メヘンディー(ヘナ)」の儀式は、北インドやパンジャーブ地方の結婚儀礼で特に重要な習慣だ。「メヘンディを塗っておきなさい、ドゥーリー(花嫁の輿)を準備しておきなさい、君を迎えに、愛する人がやって来る」婚礼の高揚感と親族たちの祝福に満ちたこの曲は、今日でもインド系コミュニティの結婚式で歌い継がれている。
地域文化を「翻訳」する
ここまで2回に分けて見てきたように、インド映画音楽には多様な地域の音文化が溶け込んでいる。それぞれの音楽は単なるBGMではなく、「その土地らしさ」や「共同体の記憶」を象徴する文化的記号として機能していた。
重要なのは、これらの音楽が単なる「場面を盛り上げるツール」や、地域音楽の見本市として存在しているわけではないという点である。作曲家たちは、土地固有の音楽を映画の中で再編集し、新たな意味を与えてきた。言い換えれば、インド映画音楽とは地域文化を「翻訳」する装置とも捉えられるだろう。
前回取り上げたタミル語映画のナーガスワラムやパライ太鼓の音色は、タミル社会の宗教儀礼や地域共同体と深く結びついている。それらが映画を通じて提示されることで、「祝祭」「土着性」「抵抗」といった意味が付与される。同様に、カウワーリーやバングラー、そして故郷を思い起こさせる歌もまた、インドの文化的・地理的・感情的な文脈を担う存在として機能している。
それぞれの地域の音楽文化は、映画の中で新たな文脈や意味を与えられながら、より広い観客へと届けられていく。そしてその音楽は土地の記憶や感情を喚起するものとして、世代や国境を越えて受け継がれていくのである。
第3章に続く
[1] 『バジュランギおじさんと、小さな迷子』"Bhar Do Jholi Meri "(私の願い満たしておくれ)参考映像:https://www.youtube.com/watch?v=zk0-f92gg9A
[2] カウワーリー(カッワーリー)は、14世紀、デリー諸王朝に仕えた官僚・芸術家アミール・フスロウによって整えられたという。イスラーム神秘主義修道儀礼サマーのための集団歌謡に端を発するという説がある。村山和之「イスラーム歌謡」『インド文化事典』2018年、p.498-49。
[3] サントゥールは、ペルシャ起源でカシミールなどで発展した、100本以上の弦を木のバチで打って演奏する、弦楽器と打楽器の両面を持つ響きの美しい伝統楽器。
[4] 高音の木製タブラー(右)、低音の金属製バーヤーン(左)で構成され、指や手のひらを駆使して多彩な音色を奏でる。
[5] 19世紀に宣教師によりインドにもたらされたインド各地の宗教歌謡で不可欠な伴奏楽器。送風装置「ふいご」を振動させて音を出す。
[6] 『Fiza(フィザー)』(2000・未)参考映像:https://www.youtube.com/watch?v=T2kwiAC3nkg
[7] 『Jodhaa Akbar(ジョーダーとアクバル)』(2008・未)“Khwaja Mere Khwaja”(私を導く聖者よ)参考映像:https://www.youtube.com/watch?v=4YbAaRFk70o
[8] 『ストリートダンサー』(2020)“Sip Sip 2.0”(一口飲んで)参考映像: 参考映像:https://www.youtube.com/watch?v=xxhXFm-bGy0
[9] 特に1962年の英連邦移民法による規制を目前に控えた駆け込み入国によって、この時期にパンジャーブ系移民の数は急増した。栗田知宏「ブリティッシュ・エイジアン音楽という「一体性(アイデンティティ)」とその多様性」(先端社会研究所定期研究会「南アジア/インド班」第2回研究会講演録,『関西学院大学先端社会研究所紀要 』12号, p.136-155, 2015年)関西学院大学リポジトリ
[10] 『ヤマドンガ』(2007)の"Rabbaru Gajulu"(ゴムのブレスレット)参考映像:https://www.youtube.com/watch?v=GkNvL-dlHY8
[11] 『バーフバリ 王の凱旋』(2017)“Saahore Baahubali”(バーフバリに栄光あれ)参考映像:https://www.youtube.com/watch?v=vlkNcHDFnGA
[12] パンジャーブ地方にルーツを持つ海外居住者の総称。インド国籍を保持するNRIだけでなく、外国籍を取得したインド系住民(OCI: Overseas Citizen of Indiaなど)も含む
[13] 本来はインド国籍保持者のみを指す用語だが、本記事では外国籍を取得したインド系住民まで含め広義に用いる。
[14] 『DDLJ勇者は花嫁を奪う』(1995)“Ghar Aaja Pardesi”(帰っておいで、異郷にいる人よ) 参考映像参考映像:https://www.youtube.com/watch?v=utwhUTxyOjQ
[15] 引用元:https://www.rediff.com/movies/report/we-got-ddlj-on-asha-bhosles-recommendation/20141216.htm
[16] 同上 “Mehndi Laga Ke Rakhna”(メヘンディーをつけて待っていて)参考映像:https://www.youtube.com/watch?v=-bNwqXvMuB8
著者プロフィール/小尾淳(Jun Obi)
インド文化研究者。大東文化大学准教授。専門は南インドの芸能・宗教文化・映画音楽。タミル語映画の字幕監修を数多く手がけ、『響け!情熱のムリダンガム』『PS1 黄金の河』『ツーリストファミリー』『ヴィクラム』などに参加。著書に『近現代南インドのバラモンと賛歌』では、第38回田邉尚雄賞(東洋音楽学会)を受賞。
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