踊るメロディ、響くストーリー ―インド映画音楽の世界―(2)/小尾淳

インド文化研究者でタミル語映画の字幕監修でもお馴染みの小尾淳による連載記事「踊るメロディ、響くストーリー ―インド映画音楽の世界―」第2回目をお届けします。
インド映画タイムズ 2026.06.20
誰でも

第1章 インド映画音楽の地域性(1)

多民族国家インドの映画音楽――地域の音が語るもの

インドという国を一言で表すとすれば、「多様性の大国」という言葉が最も近いだろう。22の公用語、宗教の多元性、そして地域ごとに異なる民族的アイデンティティ——これらが一つの国家の枠内に共存している。インド映画音楽は、そのような多様性の縮図である。

『響け!情熱のムリダンガム』(2018)のタイトルソング“Sarvam Thaala Mayam”(すべてはリズムに満ちている)[1]はその好例だ。ムリダンガム(南インドの両面太鼓)奏者を目指す主人公ピーター(G・V ・プラカーシュ・クマール)がインド全土を旅しながら各地の芸能にふれ、インド各地のリズムを体得していくシーンである。登場する芸能や楽器の一例を挙げると、インド北西部ラージャスターン州タール砂漠の楽師集団マーンガニヤール[2]、東北部マニプール州のプンチョロム[3]、パキスタンと国境を接するパンジャーブ州のバングラー[4]と大型太鼓ドール、南西部ケーララ地方の祭礼に欠かせない円筒形太鼓のチェンダ[5]など。それぞれが土地の歴史、宗教、言語、共同体の記憶と結びついて継承されており、音楽や芸能が地域のアイデンティティそのものを形づくっていることを思い知らされる。楽曲はA.R.ラフマーンが得意とする爽やかで希望を感じさせるメロディに、カルナータカ音楽(南インド古典音楽)の口太鼓コンナッコルの音節「タカ・ディミ・タカ・ジョヌ」が時折差し挟まれる。

むろん、今日のインド映画音楽はきわめて多様なジャンルのハイブリッドであり、全ての挿入歌で民族楽器が用いられているわけではない。ただ、ある楽器の音色を聴けば(多くの場合は視覚情報も込みで)、インドのどの地域を舞台にした物語なのかが、伝わってくることが多い。つまり、音楽が物語の地理的・文化的文脈を表現する文化的記号として機能しているのだ。

タミルの映画音楽――楽器が語る共同体の記憶

筆者の個人的な見解であるが、タミル語映画ほど、楽器をわかりやすい文化的記号として活用してきた地域はないように思う。例えば、楽器の一音がセリフや映像よりも雄弁に文脈を語る。これはタミル社会において、音楽が単なる娯楽ではなく、カースト、宗教、地域、歴史と深く結びついた生活の一部であり続けてきたことの証左に他ならない。ここでは、タミル語映画にとりわけよく登場する楽器2種類を取り上げてみたい。

ナーガスワラム

ナーガスワラム(またはナーダスワラム)はダブルリードの気鳴楽器で、鼻にかかったような、強い倍音を含む音色が特徴だ。『ツーリストファミリー』(2025)で何度も聴かれる「プゥッププゥ~パッパパア~」という独特の音色に親しみを覚えた読者も多いのではないだろうか。

ナーガスワラムは古くからヒンドゥー教寺院で祭礼音楽の一部を担ってきた。また、大音量の両面太鼓タヴィルと共に奏でられる音楽は「マンガライサイ(吉なる音楽)」として知られ、伝統的な家庭の結婚式やお祝いでは必ずと言ってよいほど演奏される。そのため、特にタミル語映画でナーガスワラムやタヴィルが用いられる場合、「伝統」「慶事」「祝福」などを連想させる文化的記号として機能することが多い。

例えば、『ビギル 勝利のホイッスル』(2019)では、古都カーンチープラムに場面移動したことをナーガスワラムの演奏で表現していた。女子サッカーチームのコーチ、マイケルと理学療法士のエンジェルが、バラモン家庭に嫁いだチームメンバーを訪ねるシーンである。その一節だけでも、タミルの寺院文化の色濃い空気感が醸し出される。

また、『ツーリストファミリー』(2025)では、 “Aachaley”(やれやれ友よ)[6]と “Ore Vaanam”(一つの空)[7]にナーガスワラムの音色がそれぞれ挿入されている。オープニング曲ではスリランカからタミルに命からがら逃げて来た家族を歓迎・鼓舞し、エンディング曲では家族の未来を祝福する、ヒンドゥー教における「マンガラム(吉祥)」の観念が込められているように感じた。

さらに、ナーガスワラムの音色だけでなくビジュアルも存分に活かした例として『後継者』(2023)の挿入歌“Ranjithame”(ランジダム)[8]がある。ポップなペイントを施されたナーガスワラムとタヴィルをダンサーたちが演奏しまくり、村祭りの高揚感を醸し出す。ヒーローがヒロインを月、星、蛇のような比喩で褒めちぎり、気持ちが最高潮に達したところで爆踊りを展開するハイテンションなダンスナンバーだ。衣装やセリフから村をイメージしており、ノリノリのビートに民族楽器の音色を融合させているところがいかにもタミルの土着性を感じる。

余談であるが、ナーガスワラムは元来、屋外で演奏されることを目的として作られた楽器であり、一音を出すだけでもものすごい肺活量を要するそうだ。通常は少年の頃から弟子入りして厳しい修行を重ね、古典音楽の技術を体に叩き込み、ようやく人前で演奏を許される。したがって、映画中で踊りながら易々と吹奏するのは実際の伝統芸能そのものとはかけ離れていることを追記したい。

パライ太鼓

(左)ターライ (右)パライ太鼓

(左)ターライ (右)パライ太鼓

パライはタミル地方にルーツをもつ楽器でありながら、ナーガスワラムとは全く異なる文化的記号をもつ楽器だ。これは南インドの伝統的な太鼓でタップー、タッパッタイとも呼ばれ、円形の木枠に皮を張ったシンプルなフレームドラムで、2本の棒を用いて叩く。その音は鋭く乾いており、遠くまで響き渡る力強さを持つ。

南インドの村落でこの太鼓は「告知の太鼓」や葬送儀礼に用いられてきたため、その担い手――とりわけダリト(かつての不可触民)――に対する蔑視と紐づけられてきた[9]。その認識は『バーラ先生の特別授業』(2023)で、バーラ先生の村からの追放が告知されるシーン にも見て取ることができる。

また、『ツーリストファミリー』の音楽監督ショーン・ロールダンによる『Parai』[10]は、この太鼓の「差別の歴史」を全面に再現したミュージックビデオだ。一人の少女が祖父からパライ太鼓を受け継ぐ姿が描かれる。太鼓叩きは村の祭礼に必要であると同時に、忌み嫌われた存在であった。祖父が亡くなり、その遺体を村から火葬場に移動する際、唯一の橋を渡ることを許されなかったという実話に基づく。このように、楽器だけでなくそれを演奏する身体までもが「穢れ」とみなされることで、深刻な排除と差別が再生産されてきたのである。

20世紀前半に始まったドラヴィダ民族運動では、サンスクリット語やテルグ語を重んじる上位カースト中心の古典音楽文化に対抗し、タミル語と土着文化の復権を掲げていた。特に、1950~1960年代に盛んに行われたドラヴィダ進歩連盟(DMK)の政治宣伝活動と連動して制作された一連の映画では、非バラモン・カースト(ダリトを含む)の民俗文化や音楽がドラヴィダ主義の理念を表現する文化的資源として活用された。

例えば、MGR(M・G・ラーマチャンドラン)主演の 『Madurai Veeran(マドゥライの戦士)』(1956・未) は、タミル地方南部に伝わる民間伝承をもとに、王族として生まれながらもダリトの夫婦に育てられたマドゥライ・ヴィーランが、武勇によって民衆の英雄となる姿を描いた作品である。なお、マドゥライ・ヴィーランは今日でもダリト諸集団と強く結び付いた民間信仰の守護神として広く崇敬されている。そのソングシーン[11]“Summa Kidantha Sothukku Kashtam” (働かずに得た糧には価値がない)では、パライをはじめとする民俗楽器が村落文化の象徴として用いられている。ただし、パライ本来の鋭く乾いた「カーン」という音色は別の打楽器音に置き換えられている。つまり、当時の映画におけるパライは「音を消された」存在であり、あくまでも視覚的な演出として使用されていたことが類推される[12]。

その後、自身もダリト出身である音楽監督イライヤラージャー(序章参照)は、デビュー年の4作品目『Bhadrakali(守護神カーリー)』(1976・未)の“Kettele Ange”(聴こえたでしょ?)[13]で、リアルなパライの音を取り入れた。パライ太鼓のリズムに、バラモン方言による妻の誘いの歌詞を乗せたこのソングシーンは、全インドラジオによって「下品」として放送禁止処分を受けるほど問題視された。映像上は金属製の盆と麺棒が用いられているものの、実際に聞こえるのはパライの音である。このような音響表現は、従来の映画において視覚的記号としてのみ扱われがちであったパライを、音そのものとして前景化する試みでもあったといえる。

イライヤラージャーはその後も複数の作品でパライを積極的に活用し、『Tharai Thappattai(ターライ[14]とパライ太鼓)』(2016・未)では全面的に用いた。差別の対象とされてきた音楽ジャンルを、「タミルの伝統文化」として再表象し社会へ提示したのである。

パライの文化的再生

このような歴史を経て、パライは被差別の記憶を背負いながらも、タミル文化のアイデンティティを象徴する楽器へと再定位された。近年の映画では、実際のパライが堂々と画面に登場するようになっている。例えば、『マジック』(2017)の“Aalaporaan Thamizhan”(タミル人は支配する)[15]では、ヴェトリマーラン(ヴィジャイ)が北インドのパンジャーブ地方からタミル地方に移動するシーンでナーガスワラムの音色が高らかに鳴り響く。祭礼では「吉なる音楽」を担うナーガスワラムとタヴィルが祝福を告げ、黄金色に実った稲田の行進ではパライ太鼓の一行が加わる。かつて「穢れ」と結びつけられた楽器が、映画を通してタミルの大地そのものを体現する音として認識された——この場面ほど、パライの文化的再生を雄弁に示す例はないだろう。

一方『マスター 先生が来る!』(2021)の  “Vaathi Coming”(先生が来る)[16]でパライ太鼓が打ち鳴らされる場面はどうであろうか。これはタミル語映画の定番“mass song”(スター演出の曲)で、主人公JD(ヴィジャイ)が登場するシーンだ。ドラムのリズムに合わせて群衆が熱狂し、ヒーローの登場を祝祭的に迎え入れるこの場面でも、パライは民衆性や反権力性を帯びた音を象徴しているように思われる。さらに踏み込んで読めば、主人公が社会に虐げられた者たちの側に立つ人物であることも示唆され、物語の一種の伏線とも捉えられる。

以上のように、ナーガスワラムが「祝祭」や「吉祥」を象徴する楽器であるとすれば、パライはしばしば「村落文化」や「抑圧への抵抗」を表す。この対比こそが、タミル語映画における楽器の文化的記号性を最も端的に示していると言えるだろう。音楽は単に場面を盛り上げるためのツールだけではなく登場人物の帰属性や政治的立場を可視化する役割も担っているのだ。

著者プロフィール/小尾 淳(Jun Obi)

インド舞踊の実践者として活動後、南インドでの3年間の音楽留学を経て、大東文化大学大学院アジア地域研究科で博士号取得。主に南インドタミル地方をフィールドとし、現地の芸能や文芸と社会関係に着目して研究を続けている。著書の『近現代南インドのバラモンと賛歌』(青弓社、2020年)が、東洋音楽学会の田邉尚雄賞を受賞。

***

脚注

[1] 『響け!情熱のムリダンガム』より“Sarvam Thaala Mayam”(すべてはリズムに満ちている)参考映像:https://www.youtube.com/watch?v=bDorKQg8Uyc

[2] マーンガニヤールは主に弦楽器のカマイチャや打楽器ドーラクを用いて、祭事での歌唱や演奏、パトロンの系譜を口承で詠唱する儀式などを生業とする。

[3] プンチョロムは身体に吊り下げた太鼓プンを手で演奏しながら回転や跳躍を交えて踊る、力強い民族舞踊。

[4] バングラーは収穫祭を起源とし、ドールの力強いリズムに合わせて踊る活気あふれる民族舞踊。ドールはきわめてポピュラーな打楽器で地域によってバラエティがある。基本的に身体に吊り下げてバチで叩くことが多い。

[5] ケーララ地方の寺院祭礼や伝統芸能で用いられる、バチで叩く円筒形の太鼓。

[6] 『ツーリストファミリー』(2025) “Aachaley”(やれやれ友よ)参考映像:https://www.youtube.com/watch?v=DVi2zBYzKX4

[7] 同上 “Ore Vaanam“(一つの空)参考映像:https://www.youtube.com/watch?v=oxjOhkzvSek

[8] 『後継者』(2023)“Ranjithame”(ランジダム)参考映像:https://www.youtube.com/watch?v=unQlCp-lL6I

[9] 「主にタミルナードゥ州にみられる、伝統的にダリトの役目とみなされ、不浄視と畏怖視をもってみられてきた太鼓叩き」『インド文化事典』インド文化事典編集委員会(2018)。

[10] ショーン・ロールダン『Parai』参考映像:https://www.youtube.com/watch?v=KCD-uY3iDMU

[11] 『Madurai Veeran(マドゥライの英雄)』(1956・未)“Summa Kidantha Sothukku Kashtam” (働かずに得た糧には価値がない)参考映像:https://www.youtube.com/watch?v=SdLHW72XUJc

[12] 参考:Aaron J.Paige “Fashioning a Filmi Folk: Dravidanism, Democracy, and Musical Stereotype in Early Tamil Cinema” Society for Ethnomusicology Annual Meeting, Nov.12,2010.

[13] 『Bhadrakali(守護神カーリー)』(1976・未)“Kettele Ange”(聴こえたでしょ?)参考映像:https://www.youtube.com/watch?v=quYI_gFrDZA

[14] ターライは、真鍮などで作られたS字状の管楽器、または長さ3.7メートルほどにもなる棒状の木製吹奏楽器の総称。

[15] 『マジック』(2017)“Aalaporaan Thamizhan”(タミル人は支配する)参考映像:https://www.youtube.com/watch?v=xsbLtHql4g8

[16] 『マスター 先生が来る!』(2021)“Vaathi Coming”(先生が来る)参考映像:https://www.youtube.com/watch?v=fRD_3vJagxk

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