ネタバレはゼロ!『クベーラ』を観る前に
知っておいても損はない神様の話
本記事は、タイトルに掲げた通りネタバレを極力排除した内容となっておりますが、ごく一部に作品の内容に触れる箇所がございます。事前情報を一切入れずに鑑賞されたい方は、鑑賞後にお読みいただくことをおすすめいたします。
4月17日に公開されるテルグ語作品『クベーラ』の主要な舞台は、インド第一の商業都市にして金融のハブでもあるマハーラーシュトラ州ムンバイ。しかし主人公デーヴァが育った地であり、物語のスタート地点でもある、アーンドラ・プラデーシュ州内陸南部の小都市ティルパティも象徴的な意味で重要だ。タイトルの「クベーラ(財神」は、そのティルパティの代名詞であるヒンドゥー教の巨大な名刹ティルマラ・ティルパティ・ヴェンカテーシュワラ寺院(以下、ティルマラ寺院。また同寺院は日本語の観光案内などのサイトでは「ヴェンカツワラ寺」と表記される場合もある)と深いつながりがあるからだ。デーヴァはその寺院の門前アリピリ地区で暮らす物乞い、また別のある登場人物はティルマラの主神に願掛けをする熱心な信徒でもある。
ティルマラ・ティルパティ・ヴェンカテーシュワラ寺院とは?

ティルマラ寺院では構内の撮影が禁止されている。しかしご本尊のヴェンカテーシュワラ神を模した像は市内の様々なところで目にする。これはホテルのロビー内に安置されていたもの。(著者撮影)
そもそもティルマラ寺院とはどんなお寺なのか?順を追って見ていこう。同寺院は、アーンドラ・プラデーシュ州ラーヤラシーマ地方、デカン高原の最南端に張り出した棚状の台地という奇観に塔頭群が神々しく聳える一大コンプレックスである。
4世紀ごろに創建され、その後ヴィジャヤナガル王国の庇護を受け多くの巡礼を集める宗教的中心地となっていたが、英国統治下に近代的な会計システムが導入され、独立後も州が任命する理事を含む鉄壁の組織運営のもとでますます栄え、インド全土に名を轟かせる巡礼センターとなった。21世紀に入り、参拝のオンライン予約制度をいち早く取り入れた寺院の一つでもある。
主神はヴィシュヌの化身とされるヴェンカテーシュワラ神(別名バーラージ)。この神格にまつわる神話(後述)により、他の寺院にも増してティルマラ寺院では寄進が重要視される。貧しく寄進ができない信徒には、奉納・苦行として剃髪する方法もあり、その髪が寺院により鬘(かつら)に加工されて利益を生み出すのだ。こうしたもろもろにより、ティルマラ寺院は「東方のバチカン」と呼ばれる世界有数の裕福な寺院となり、隣接するレーニグンタに国際空港(ティルパティ空港)を擁するまでになる。集まった寄進の管理のため、複数の銀行にヴェンカテーシュワラ神名義の口座があるという。参拝者へのお下がりの扱いで頒布されるラッドゥー(豆粉とギーを使った練り菓子)は、ティルパティ土産の定番である。
古いデータで恐縮だが、インドの英字総合週刊誌「The Week」2008年9月14日号はティルマラ寺院を特集し、その桁外れな規模を示す数字を多数挙げている。剃髪のための専従の理髪師は1000人、加工された鬘の前年の総売り上げは10億ルピー。年間のラッドゥー生産数は(大)が約255万個、(小)が約2007万個。参拝者に無料でふるまわれる食事は1日45000食。前年の寺院の歳入12億1600万ルピーのうち、賽銭の額は4億2500万ルピーである、など。
多数のアヴァターラ(化身)を持つことで知られるヴィシュヌ神だが、有名な十化身の中にヴェンカテーシュワラ神は含まれていない。十化身はあくまでも代表的なもので、ヴィシュヌの化身とされる神格はほかにも多数存在する。オディシャ州プリーのジャガンナート神、マハーラーシュトラ州パンダルプールのヴィッタラ神などと同じように、ヴェンカテーシュワラ神も元々は土着神だったものがヴィシュヌ信仰に統合されたという説が有力だ。ヴェンカテーシュワラ神の場合、その立地から明らかなように古代の山岳信仰の残滓が認められ、また図像学的見地からはシヴァ神的特徴の混交を指摘する研究者もいる。
『RRR』の製作会社としてお馴染みのDVV Entertainmentのロゴ動画。最初の画面はティルマラ寺院の至聖所を再現したアニメーション。「ジャヤ・シュリーニヴァーサ、ジャヤ・ヴェンカテーシャ」で始まる詠唱にはヴェンカテーシュワラ神を讃える詩句が連なり、製作者がティルマラの神を深く崇拝していることを示す。
ヴェンカテーシュワラ神とティルマラ寺院の縁起
至高天ヴァイクンタに憩っていたヴィシュヌ神と神妃ラクシュミーは、高位の聖仙ブリグの訪問を受けるが相手にしなかった。怒ったブリグ仙はヴィシュヌ神の胸を蹴る。象徴的に自身が宿る場所であるヴィシュヌ神の胸が穢されたことにラクシュミー女神は憤激し、平然としている夫を見限って下界に降りてしまう。妻を追って下界に降りたヴィシュヌ神は、シュリーニヴァーサという無垢な若者に変じ、途方に暮れて蟻塚で過ごす。神性を失い、飢えているのに何一つできない彼を案じ、シヴァ神は雌牛に変じて蟻塚を訪れその乳を与える。近隣に住み、クリシュナ神への勤行三昧の日々を過ごす老女ヴァクラーがそんなシュリーニヴァーサを見つけ、自分の庵に引き取る。ある日シュリーニヴァーサは、トンダイマンダラム(今日のタミルナードゥ州北部)の王アーカーシャラージャの娘パドマーヴァティと出会い恋に落ち、結婚することになる。王女との結婚には莫大な婚資が必要とされたが、天界の神々のはからいで、財神クベーラがシュリーニヴァーサの上に金貨を雨のように降らせた。2人はめでたく華燭の典をあげ、ヴェンカタ山に移り住んだ。いつしか神性を取り戻したシュリーニヴァーサは、カリユガ(末法の世)の終わりまでこの地に留まると言う。かくしてシュリーニヴァーサはヴェンカテーシュワラ神となり、ヴェンカタ山を含むティルパティの7つの山は地上のヴァイクンタと讃えられるようになる。シュリーニヴァーサがクベーラ神に負う借金の額はあまりに大きく、今日に至るまで完済されず、カリユガの最後の日まで利息を払い続けることになるという。このようなわけで、信者による寄進は神の借金返済の手助けとみなされる。映画『クベーラ』はこの神話とは関係ない。しかし世界で最も裕福な寺院のお膝元で物語が始まることには象徴的な意味があり、また劇中のあるできごとは、財神クベーラがシュリーニヴァーサの上に金貨を降らせた場面を思い起こさせることだろう。
ナーガールジュナのキャスティングに理由あり
本作のサブ主人公にナーガールジュナがキャスティングされたことも偶然ではないはずだ。ヴェンカテーシュワラ神への敬虔な帰依者であり、ティルマラの栄光の歴史の一部となった楽聖アンナマ-チャーリヤの伝記的映画『Annamayya〔アンナマイヤ〕』(1997・未)、同じく帰依者ハーティーラーム・バーワージーの生涯を描いた『Om Namo Venkatesaya〔ヴェンカテーシュワラ神に帰依します〕』(2017・未)、現代のティルパティ空港を舞台にしたハイジャック劇を描くバイリンガル・スリラー『Gaganam(テルグ)〔空〕 / Payanam(タミル)〔旅〕』(2011・未)などに出演したナーガールジュナは、ティルマラの神様にゆかりのある俳優なのだ。
ご当地だけあり、テルグ語映画には上記以外にもヴェンカテーシュワラ神にまつわる映画がいくつも作られている。地上に降りたシュリーニヴァーサの物語を映画化したものには、NTRジュニアの祖父であるNTRが主演した『Sri Venkateswara Mahatyam〔ヴェンカテーシュワラ神の栄光〕』(1960・未)と『Sri Tirupati Venkateswara Kalyanam〔ティルパティのヴェンカテーシュワラの結婚〕』(1979・未)がある。また、『Maya Bazar〔幻の門前市〕』(2006・未)は、NTRの有名な1957年作品と同じタイトルだが、ストーリーは全く異なり、現代のインドを舞台にした寓話ファンタジーで、クベーラ神が重要なキャラクターとして活躍する珍しいものだ。
なお、『クベーラ』に登場する寺院門前の物乞いの集落だが、現実のティルパティとは状況が異なる可能性が高い。インドの巡礼地に物乞いはつきものだが、前述の効率的運営組織を持つティルマラ寺院は、行政・警察との連携のもと、保護・更生施設の整備などにもつとめている。物乞いがゼロということではないが、近年の「物乞いのいない町」事業は一定の成果を上げている。布施はお寺にしてもらわないと神様も困るのだ。
・『Annamayya〔アンナマイヤ〕』
・『Om Namo Venkatesaya〔ヴェンカテーシュワラ神に帰依します〕』
関連リンク
・インド政府観光局によるティルパティの紹介
・ティルマラ寺院公式サイト
映画情報
出演:ダヌシュ(『バーラ先生の特別授業』ほか)、ナーガールジュナ・アッキネーニ(『我ら ~愛の継承~』ほか)、ラシュミカー・マンダンナ(『プシュパ』シリーズほか)、ジム・サルブ(『パドマーワト 女神の誕生』)、ハリーシュ・ペーラディ(『囚人ディリ』ほか)、サヤージ・シンデ(『バードシャー テルグの皇帝』ほか)、シュラーヴァニー、スナヤナ、K・バギャラージ
監督・脚本:シェーカル・カンムラ(『フィダー 魅せられて』)
撮影:ニケート・ボンミレッディ(『ただ空高く舞え』)
音楽:デーヴィ・シュリー・プラサード(『ランガスタラム』ほか)
編集:カールティーカ・シュリーニヴァース(『プシュパ 覚醒』)
製作:スニール・ナーラング、プシュカル・ラームモーハン・ラーオ
製作会社:シュリー・ヴェンカテーシュワラ・シネマズ、アミーゴズ・クリエーションズ
Kuberaa(原題)/2025年/インド/テルグ語/180分/配給:インドエイガジャパン株式会社
4月17日(金)より 新宿ピカデリーほか全国公開
©Sree Venkateswara Cinemas LLP&Amigos Creations. All rights reserved.
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